タレントアビリティ
 そんな声が聞こえて、そして濃厚な香りが離れた。首元の指も耳への吐息も消え失せて、はっと後ろを見ると要が頭を押さえてうずくまっていた。
 その隣では能恵が手に雑誌を持って立っていた。我慢しきれず入って来たらこういう状況だった、ということだろう。

「私のそえになにやってるのよ!」
「私の、って。そうか、もうそこまで進んでいたのか。君が随分とオススメだというから何だろうと思ってはいたが、式の挨拶の依頼かい?」
「かなちゃーん。からかうのもほどほどにーっ」
「いいよ引き受けよう。親友のハレの日には素晴らしい言葉を添えてあげよう。ただあっちゃん、君は妊娠出来る体格なのかい? ああ、そもそも初潮はまだだったと聞いたのだが」

 バキィッ! とソファが社長の頭に突き刺さった。能恵は顔を真っ赤にして肩で息をしていて、明らかに追い詰められている感じがする。
 こういう能恵を見るのは初めてだった。能恵をここまで出来る要だからこそ、能恵が親友として親しみを込めて、かなちゃんと呼んでいるのだろうか。

「……添。何かされた?」
「ひいっ!」
「何かされたと聞いてます」
「な、何もされてません!」
「ならいいけど。ごめんね、かなちゃんってこういう人だから」
「まあ、まともな人とは思ってはいませんでしたけどね、能恵さんの知り合いという時点で」
「それはどういう意味かしら」
「……何も。それより要さん大丈夫なんですか?」

 ソファの下で息絶えている要が心配になった。背広が赤いから血の色が分からないという心配もあるし、能恵の強烈な一撃をまざまざと見たというのもある。ソファはかなりの重量なはずだ。
 それにお構いなしに能恵はソファの下の赤い髪を蹴る。うめき声と共に顔を上げた要に、出血は無い。
< 189 / 235 >

この作品をシェア

pagetop