タレントアビリティ
 お茶を差し出す明洲に見えるように添を指差す能恵。突然指名されて戸惑いはしたものの、しかし添は身構えていた。
 世界明洲の作品が実はなかなか好きだからだ。その時その時で変わるけれど、それでもどれも面白い。

『読んでくれているのかい?』
「はい」
『ありがとう』
「それで今回こうして、明洲さんの言葉をいただける事が出来て、正直かなり嬉しく思っています」
『作家冥利に尽きるよ。なかなか連載出来なくて済まない』
「漫画だけじゃあないんでしょう?」
『小説と絵画、彫刻に脚本を手掛けているんだ。どれも〆切りが忙しくて。けれどこれが僕の全てではあるから』

 満足そうにスケッチブックに筆を滑らせながら明洲は微笑む。それからお茶と、蓮を象った和菓子を2人の前に出して手の平を向けた。どうぞということなのだろう。
 和菓子を食べながら添は続ける。内心興奮していたのは、やはり好きな作家と生で話せるからだろう。

「普通の会話はなさらないんですね」
『しないね』
「会話すらも作品だと、そういう事なんでしょうか」
『きっとそうだろう。実際ここに降り積もったスケッチブックの山も全て作品の何かしらの糧になるんだ。もちろんお二方との会話もきっと作品に反映されるだろうから』
「……日常全てが作品」

 明洲が頷く。そしておもむろにすっくと立ち上がり2人を手招いた。明洲の背後の障子を開いて廊下へと出ていく。着いてこいということなのだろうか。
 能恵も立ち上がり廊下に向かう。意外ときっちり整った廊下を歩く先、先程生首らしきものを見た部屋の扉に立つ。背筋に嫌なものが走った気がした。
 しかし明洲は躊躇わずに扉を開け放つ。そこは光すら防がれたボロボロの和室で、中にはやはり、大量の生首。

「本物、なの……」
『まさか。いくつかはマネキンに着色しただけです』
「いくつかはって……」
『本物もあるらしいです。分かりませんけども』
「……へぇ」

 生首の1つをそっと手にとる能恵。濁った瞳に変色した皮膚、抜けそうな髪。リアリティだけは完璧だった。
 添も手にしてみようとしたが、さすがに出来なかった。この部屋に入った時から何故か口の中が酸っぱい。その酸味が首の山から感じられて嫌だった。
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