タレントアビリティ
 コロコロと飴を転がしながら添は尋ねた。壁の炎の絵を指差して明洲は添にスケッチブックを向ける。相変わらずのコミュニケーション能力だった。

『これはどうしようもない感情が暴れ回った時に、描きなぐったものです』
「でしょうね……」
『僕にとって芸術は感情の全てですから。だから、会話なんていりませんよ』

 落ちていた鉛筆を拾い、スケッチブックのページを変えてさらさらと流す明洲。楽しそうに鉛筆を流す彼は、無邪気な子供のようにも見えた。
 時々能恵や添を見る視線からは、やはり芸術家の雰囲気を覚える。鉛筆が紙を滑る音がしばらく響き、やがて止まった。
 描いた絵を能恵に手渡し、その次のページを向ける。

『本日はどうも』
「もらっていいのかしら?」
『あなたたちを描いたものですよ。見ていてこういうものが浮かびましたから』

 添もそれを覗き込む。モノトーンの鉛筆画がそこにあって、しかし人の形をしていなかった。ただの模様。歪んだ曲線。
 しかしこれを見て、やはりどこか納得がいく。確かにこの曲線は能恵で、この曲線が自分でと、芸術に関して疎い添ですら、何と無く分かってしまった。

「……分かる、気がする」
「不思議と分かるわよね、なんか。こういうのがあるからこその作家なのかなー、明洲さんって」
『見たままを描いただけです』

 照れ臭そうにスケッチブックを見せる明洲。自分の作品を褒められる事ほど、芸術家として喜ばしい事はないのだろうか。
 しかしどこか不思議と、何かしら違和感を感じる添。世界明洲という存在は、やはり欠落しているようにすら覚えた。
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