タレントアビリティ
「能恵さん」
「なーに?」

 帰りの新幹線の中、世界明洲の本を読む能恵に添はふと声を掛けた。彼もまたこの間購入した「フロムポテト」を読んでいたのだが、やはりどうしても気になる事があった。
 能恵が栞を本に挟み、カフェラテのストローを吸いながら添を向く。人と話す時は本を閉じるのが、2人のマナーだ。

「ちょっと気になる事が」
「奇遇だね。私も」
「……世界明洲の事ですか」
「うん、あたりあたり。あの人が何で会話しないか、かな?」
「そうなんですよね。僕にはそれがどうも信じられなくて、何か足りない感じがするんですよ」
「そえはそう思うんだ。私はねぇ、彼は満たされてるなあって、見てて思ったな」
「満たされてる、ですか」
「うん。幸せそうだったよね? 自分の作品に埋もれて好きなだけ書いて描いて作ってだから、会話はいらないんじゃないかな、あの人にとっては」
「僕にはそう思えませんでしたよ。会話が無いからっていくら1人でいたってそれは寂しいだろうし……」

 会話が無いということは、つまり独り言すら無いということ。その事は添にとってはありえない事だった。
 独り言の無い人間はいないと添は思う。能恵だってパソコンに向かえばぶつぶつうるさかったりするし、添も机に向かえば案外多いほう。思考の際に独り言は必要不可欠ともいえる。
 それがクリエイターなら尚更だろう。ものを創る仕事ならば頭の中は大戦争。キャラが乱れて思考が飛び交いと、きっとそんなはずだ。

「それに物書きだから、独り言って多いんじゃないんですか?」
「そーいうわけではないと思うけど、でもゼロって事は無いわよねぇ。まあ明洲さんの場合、日常会話から何から何までもがスケブだって、かなちゃんが」
「コンビニとかも?」
「買い物どうしてるかもかなちゃんは分かんないってさ。出版社のトップがその状況だから、明洲さんは作品提供だけの存在なのかもしれないわ」
「作品っていうか、あれは感情そのものだとあの人は言ってましたが」
「それとこれとは違うんじゃないかな? さすがに己の生計立てるための作品を感情一本で書くって事は……、ありえるかもね、あのブレブレなら。かなちゃん何をさせたかったんだっけ?」
「さあ……。目的がいまひとつな京都旅行だった気がしてならないんですが」
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