タレントアビリティ
「話は戻るけどよ。実際お前、あの歌姫に何をしたよ? うん? 何か弱みでも握ったか?」
「知らねえよ。まあいつも通りに? 俺が屋上で寝過ごしてたら、風音さんが屋上で半端無い演奏始めてさ。で、それを誉めたらキレられた」
「うっわぁ……。お前、それ、すっげぇ。よくあの歌姫の演奏誉めようって思ったな」
「いや、そりゃ凄かったし」
「でもさ、うちの学校の噂っつーか暗黙の了解っつーか、知らねぇの? 歌姫の歌を誉めるな、ってよ。ま、お前は沈んでるから分かんないだろーが」

 空になったカレー皿を突き出しながら言う万。自分でやれと素っ気なく返したところで、ぼんやりと風音の事を思い出した。
 誉めたら怒り、自分を否定する。誉められる事が苦手らしい音楽のプロ、拍律風音。

「……万」
「何よ、空白?」
「お前さ、あいつの電話番号知ってるとか無いか?」
「バッカじゃねーの? 歌姫の電車番号もメアドも、誰ひとりとて流出してねーよ」
「能恵さんがさぁ、よく分からない電話番号残してるんだけど。21時に電話しろ、だって」
「……すげぇな能恵さん」

 添が取り出したメモを机にすると、万はそれを食い入るように見た。達筆な丸文字は、確かに能恵のもの。しかし電話番号に、記憶は無い。
 現在時刻は18時半。満腹中枢が働き始めた添とは裏腹に、万はがつがつと食べている。そんな様子をぼんやりと眺めていた。
< 25 / 235 >

この作品をシェア

pagetop