タレントアビリティ
「見られた」
「え?」
「だれにも、見られたくなかったんですけど」

 よく通る声だった。あの歌声だからこそだろうと思いつつ、添はゆっくりと姿を現して歩く。女子生徒はバイオリンを下ろして、足元のケースに置いた。

「ああ、ゴメンゴメン。昼休みにここで寝てたら、気付いたらこんな時間で」
「言い訳は結構ですよ。どうせあなたも、私の演奏ひどいなって、そんな事言うんでしょうに……。ええそうです。私の歌もバイオリンも、聞くに聞けない騒音なんですよ。分かってるんですからそんなの自分で」
「っておい!」

 叫んだ。いきなり下を向いてぶつぶつ自虐的な事をがつがつ言い始めた、綺麗な金髪の女子生徒。何歩か歩んだところで、ややはっきりと表情が見えた。

「知っていますよもう……。下手なんですから、私」
「いやいやいやいや、そんな事なかったさ。今まで聞いた中で最高の演奏と歌声だったって思う。ほら、今の四重奏とか……」
「前奏だけ聞いて評価しないでくださいよ」
「前奏だけでアレ!?」
「音楽分かってないのに、そんなうまいだなんて言わないで下さいよ。こっそり練習してたのに、見られたの、初めて……」
「……あ」

 思い出した。放課後の教室に残っていると、屋上から聞こえてくるバイオリンと歌声。男声女声入り交じった、とにかく美声の演奏が聞けるらしい。
 噂によれば音楽室の亡霊だとか誰かのいたずらだとかという事もあったが、1つの事は明らかだった。その人の髪の色は、確か金色。

「はくりつ……、かざねさん?」
「……ご存知ですよね、下手くそとして」

 胸までもある金の髪を風に流して、拍律風音はまた落ち込んだ。実に面倒な、才野の持ち主。
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