タレントアビリティ
「やめてくださいっ!」

 突然声を荒らげた風音に、思わず添はびくりと身体を震わせた。フェンスから背中を離して、夕日をバックに肩を上下する風音。流れるような金髪から、チリチリと感じるものがある。バイオリンのケースを持ち、叫ぶ。

「私はそんな……、言われるような存在じゃない! 歌姫だなんて、ありえませんよ! だいたい空白さんは何なんですか! そんな初対面の人に、いくらクラスメートだからって!」
「……あのなぁ」
「言い訳なんかいりません! とにかくもう、私の事を歌姫だなんて……」

 ぴたりと止まった。それからただ「すみません」の一言だけを残して風音はさっさと立ち去ってしまう。
 恐らくあんな風に怒鳴ったりしない性格が本来なんだろう。それなのに初対面の添に叫んでしまって怒ってしまって。

「音楽の才能、じゃん」

 身体を180度回転させてフェンスに顎を乗せる。見ると風音らしき人がかばんとバイオリンケースを持って夕暮れの学校を出ていっていた。背中だけだから、その表情は読めないけど。

「ったく……、俺もまずかったか」

 たまたま鉢合わせた事はとにかくとして、あんな風に言ってしまった事は確かに悪かったと思う添。明日きちんと、昼間に謝ろうと決心して、添は屋上を出た。
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