タレントアビリティ
「なんだおまえーっ!」

 足が届くか届かないかのところで、少年が靴を飛ばして添の顔面に直撃させた。

「がは……っ!」
「んのやろっ、邪魔しやがって……。この時計質入れしたらかなりの小遣いになるんだってーの」
「てめぇ……」
「じゃなー」

 吐き捨てるようにだけ言われて、さっさと立ち去る万引きボーイ。このフードコートから逃げられたらあとは出口。これだけの運動神経だ、もう捕まらない。
 遠くから足音が聞こえる。しかし追い付かない。万引きボーイは余裕しゃくしゃくの足取りで出口へ向かい。






 止められた。

「よくやった嬢ちゃん!」
「すげースピードだった!」
「カルティエ6個も奪われてたんですよ……。助かりました」

 遠く出口の前では。
 首を思い切り掴まれて床に伏せられた万引きボーイが、悔しそうに能恵を見ていた。






 普通の生活を送っていれば、スーパーやショッピングモールの事務室とやらにお世話にはならないのだ。
 しかし能恵と万引きボーイ、時計店の店長に付き添って行った先の事務室での光景は、確かに異様なものではあった。

「6個でいくらかしら?」

 そんな風に呆気なくカードで盗品の時計を買い取った能恵の手回しで、万引きボーイは無罪放免。時計店の店長もその他の皆様も、能恵の話術の前に何故か折れていた。相変わらずの才能。しかし添は折れない。
 そしてその万引きボーイは、別の意味で涙目だった。ここは再びフードコート。万引きボーイが無茶苦茶にした机と椅子は彼自身の手によって綺麗さっぱり元通り。そしてその一角で。

「どれだけ食べるんだよ!」
「いーじゃない。あなた、私のおかげで助かったのよ?」

 クレープを6つ、能恵におごる羽目になっていた。
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