タレントアビリティ
「……そう、ならいいわ。私は赤の他人だから、走馬と直接的に関わる事は無いでしょう」
「いきなり、何だよ」
「もういいから。この時計はあなたにあげる。売るなり何なりで生きのびなさい。……そえ」

 時計の箱が入った袋を走馬の前に置いて立ち上がり、キムチと納豆に悶える添の名前を呼ぶ。
 添は涙目で顔を上げた。そして能恵の纏う雰囲気を悟る。

「じゃあな。もう万引きとか止めとけよ」
「は、はあ……」
「行くわよ? カート半分は、あなたの仕事」
「はいはい」

 走馬1人を置いて添と能恵は立ち去っていく。口の中に残る奇妙な感触は、納豆キムチクレープだけが原因でないように思える。水が飲みたかった。






「能恵さん」
「うーん?」
「さっきのあいつ、どうしたんでしょうね」
「知らなーい」
「なんかかなりアクロバティックな動きしてましたよね」
「あー。あれは凄かったわね。使いどころ間違いだらけだけど」

 家に帰って本という本という本を書斎に積んで、冷房を入れて畳に寝転がる。人工的な風に吹かれていると、珍しく能恵が自分からお茶を入れた。水出し緑茶。もうすぐ、9月。
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