水の中の悪魔

君が必要なんだ……

廃墟の建物の中にその浴槽はほんの少し斜めに傾いてむき出しになっていた。
半分蓋が開いているその浴槽に私は吸い寄せられるように引きつけられた。
嫌な予感で胸がいっぱいになりながらも覗かずにはいられない。
浴槽の中には濁った水が溜まっていた。
顔を傾けて怖る怖るもっと奥を覗く。
そこには男が横たわっていた。
まっすぐにこちらを見つめる冷酷な目と視線がからみ合う。
残酷なほど美しい男。水の中の悪魔。
濁った水の中なのに何故か見える表情。
目が見開かれ、髪は濁った水に泳ぎ両腕が水の表面に浮いている。
微かに動き始めるその唇。
「君を待ってたんだ」
彼の手が水から浮き上がり近づいてくる。
絡め取られる自分のうなじを感じながらも逃げることができない。
どうしてだろう。
こんなに怖ろしいのに、こんなに惹かれる。
私は彼の全身に身を投げた。
口のなかに濁った水が入って来るのを感じながら。
彼にふさがれる唇。彼にかき乱される髪の毛。
恐怖と恍惚。。。。

しばらくして廃墟の管理人がその浴槽の前を通りかかった。
「あれ、またここに女性のバッグと靴が散らばっている。
こないだもだったよなぁ」