雪に埋もれた境界線
「お早うございまーす」


「おう、ぎりぎりだな陸。何かいいことでもあったのか? いきいきしてるな」


 陸が居酒屋に着くなり、仲の良いバイト仲間の一人にそう云われた。


「いや〜、実は一週間程、バイト休もうと思うんだよね」


「もしかして、彼女でも出来て旅行行くとか?」


「そんなんじゃないよ。黒岩玄蔵って、知らない人なんだけどさ、その人の屋敷に招待されて、屋敷と財産の半分が貰えるチャンスなんだ」


 陸は少し興奮気味に話すと、バイト仲間は軽く笑った。


「胡散臭いなぁ。見ず知らずの人から、そんなうまい話しあるのかよ」


「分からないけど、交通費も入ってて二十万だよ、二十万!」


「ふぇ〜すごいな。まぁ実際行ってみて、屋敷と財産貰えなかったら帰ってくればいいしな」


 こうして陸はバイト仲間と話してから、事務所にいる店長に一週間の休みを取る旨を伝えたのだが、店長はあまり良い顔はしていなかった。今の寒い時期、陸のアルバイトしている居酒屋は、おでんが人気で、繁盛する時期でもあることから、一週間俺が休むとなると、人手が足りなくなってしまうのだ。


「もし、早く帰ってくるようだったら、すぐ来てくれよ」


 店長は顔をしかめながらそう云うと、タバコを取り出し口に銜えた。そして、片手でしゃくれた顎を擦った。


「すみません、忙しい時期なのに……。そろそろ俺、開店準備始めます。失礼します」


 陸は申し訳なさそうな顔をしながら、腰を低くして事務所を出ると、店の開店準備に取り掛かった。

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