雪に埋もれた境界線
「ちょっと待ってよ。私は本物だってば」


 磯崎の視線に耐えられなかったであろう久代が、悲鳴に近い声で叫んだ。


「もちろん私も本物の木梨です。最も、私達候補者は疑われても致し方ない状況ですが」


 木梨はよく通る声でハッキリと云ったが、その声は幾分大きくなっていたことから、興奮気味だということが窺える。顔も真っ赤になっていた。

 陸は黙っていたが、磯崎を見ると、しばし目を伏せ考え込んでいる様子だった。

 偽者の高田はタクシーで帰ったのではないのだろうか? 何故タクシーで帰ったはずの高田が屋敷の庭で死んでいたのだろうか? 疑問に思った陸は、それを口に出し磯崎に訊いた。

 
「あの、高田さんは帰ったと仰っていましたよね」


「ええ。間違いなくタクシーで帰られましたよ。それは鶴岡と半田も知っておりますし、屋敷の門まで見送りに行ったのは鶴岡と半田ですので」


 磯崎がそう云うと、鶴岡と半田は立ち上がった。


「磯崎さんの云う通りでございます。私と半田で屋敷の門までお見送りしたのですから、それは間違いありません」


 鶴岡がハッキリとした口調で云った。


「では何故、オブジェの横で高田さんは亡くなっていたのでしょうか?」


 陸は更に質問したが、磯崎とメイド二人は「さあ」と首を傾げている。

 高田はタクシーで帰った後、屋敷に戻ってきたのだろうか。しかし何の為に? いや、もしかしたらお金目当てで戻ってきたのかもしれない。そういうことも考えられる。


「もう嫌……。こんな状況耐えられない!」


 張り詰めていた糸が切れてしまったように久代は立ち上がり、金切り声をあげるとサロンを飛び出していった。
 木梨も同じだったのだろう。青ざめた顔をして立ち上がると、「私も失礼します」と小さい声で云い、サロンを出て行った。


「仕方ないですね。石川陸さん、あなたもお疲れでしょう。どうぞお部屋でゆっくりして下さいませ」


 磯崎が俺に視線を向けると、感情のない声を発した。


「すみません。そうさせてもらいます」


 陸も一人で考えたかったので、立ち上がりサロンを出て行った。

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