アリスズ

「へぇ」

 菊と景子には、一部屋与えられた。

 あの若奥様の夫は、神殿に関する仕事についているらしく、そこそこよい暮らしをしているようだ。

 椅子など置いてある部屋ではないので、二人はベッドに腰掛けて、ようやくゆっくり出来た。

 景子の話は、おとぎ話でしか聞かないようなもの。

 たとえるならば、一寸法師。

 お姫様が、うちでの小槌を振るとあら不思議── 一寸法師は、人と同じ大きさになっておりましたとさ。

 この世界には、うちでの小槌が存在するというわけか。

 菊は、まだその成長した御曹司を見ていないが、彼女の言葉を疑う気は、ハナからなかった。

 景子は、演技が出来るタイプではない。

 その彼女が、あれだけの衝撃を受けていたのだから、このくらいのトンデモ話が起きていてもおかしくはなかった。

 第一。

 菊は、見たのだ。

 御曹司が、『何か』を使ったのを。

 あの、獣を打ち据えた水の玉。

 ただの人間じゃない。

 その理解は、菊は持っていた。

 リサーより大きくなっているという話には、笑ってしまったが。

 御曹司を見上げなければならない彼を想像すると、とてもおかしかったのだ。

 そんな一寸法師のお話の後、景子は枕元においた枝をじっと見た。

「明日…接ぎ木の許可が出たの。神殿からも人が立ち合うみたい」

 ため息は、どんな気持ちから生まれてくるものか。

「あいつらは?」

 菊は、そっちの方が気になった。

 すると。

 景子の身体が、ベッドの上で一瞬跳ねる。

 隣に座っていた菊は、その衝撃の巻き添えを食って、視界を揺らした。

「あ…えっと…多分…来る…みたい」

 ピヨピヨピヨピヨ。

 景子は、頭をくらくらに動かしながら、舌の回らない唇でそう告げる。

 また、春の七草でも暗唱し始めそうな勢いだった。
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