アリスズ

 接ぎ木は、非常に大げさな儀式となってしまった。

 神官長なる偉い人が、木を前にして祈りを捧げる。

 それを取り囲む形で、神官たちが立つ。

 更に外側にはこの地区の住人たちが、朝靄のけぶる中で、木を取り囲んでいるのである。

 彼女が、朝日の木によじ登らずにすむよう、木にははしごがかけられた。

 若奥様にズボンを借りた景子は、木のそばでその時を待つのだ。

 アディマは──神官長のすぐ近くに立っている。

 夢ではなかった。

 昨日起きたことは、やっぱり夢ではなかったのだと。

 その証明が、すぐそこにいるのだ。

 もう、小さくはないアディマ。

 会えなかった少しの期間が、10年分に相当するかのような錯覚を覚える。

 昨日の景子は、しっちゃかめっちゃかだったが、今日の彼女は、少し物寂しい気持ちを抱えていた。

 最初から、子供だとは思っていなかったくせに、もはや、彼が誰かの庇護など必要としていないように、すっくと立っているからだ。

 同時にそれは、景子の手も必要としていないのだと思わせる。

 神官長に促された時、そんなことを考えていたものだから、見事に反応が遅れた。

 接ぎ木に取り掛かる合図だったのだ。

 景子が、はしごに登ろうとした時。

 アディマが、近づいてくる。

 どきっとした。

「ケーコ…枝を少し貸して欲しい」

 低く、穏やかな声で差し出される手。

 何だろうと思いながらも、彼女はそれをアディマに手渡した。

 彼は、それの根元をゆっくりと握りこむ。

 ぽっと。

 手に火が灯ったように、景子には見えた。

「おおっ」

 神官長が、周囲の神官が、人々が──どよめく。

 丸裸だった枝の節が小さく膨れ、そこから若芽が萌えたからである。

 まるで根がついているかのように、枝は生気に満ち溢れた。

 そして、彼はその美しい枝を景子に差し出すのだ。

 ああ。

 枝もアディマも、どちらもとても眩しかった。
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