アリスズ

 菊は、ダイと共に後方に下がって、接ぎ木の様子を見守っていた。

 景子のやろうとしていることが、またも大げさになってゆく。

 それが、傍から見る分には面白かった。

 御曹司と再会した時、菊は見間違わなかった。

 あの独特の目と雰囲気は、健在だったのだ。

 だが、他に気になることがあった。

 リサーは、御曹司の後ろに控えているし、ダイはここにいる。

 では。

「シャンデルは何処いったんだ?」

 菊は、隣に立つ大男に聞いた。

 勿論、日本語だ。

 しかし、シャンデルという音があれば、何を言いたいかくらい分かるだろう。

 ダイは、少し言葉を考える顔になった。

「足──前の町──」

 彼は、自分の足を手刀で切るような動作を入れた。

 ああ。

 怪我をしたのか。

 それで旅が続けられなくなり、近くの町に置いてきたのだろう。

 また、襲われでもしたのか。

 とりあえず、命はあったようで何よりだった。

 お高くとまった女性ではあったが、景子に言葉を教えたり、この国の女性がどう行動するかの、ある程度の見本にはなってくれたのだ。

 同じ釜の飯を食べた。

 それだけでも、情というものはわずかにはわくのである。

 ダイが、視線を菊に下ろす。

「…シャンデル────」

 彼女のことを、何か菊に伝えようとしているようだが、生憎分かる言葉は少なかった。

 ただ。

 少しだけダイが口元を緩めていたので、悪いことを言おうとしてないことだけは分かる。

 それなら、いいのだ。

 菊は、どよめく観衆を見やりながら、同じように口元に薄く笑みを浮かべた。

 その観衆の向こうでは。

 宗教画に残してもおかしくないほど、美しい何かが起きている。

 御曹司もそうだが。

 あの景子が──生きながらにして、伝説級の人になったことだけは分かった。
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