アリスズ

「明日…旅立とう」

 リサーと景子のいる前で、アディマがそう告げた。

 二人の顔を見たので、二人に言っているのは分かる。

 分かるのだが。

 彼女は、そーっと隣を見た。

 リサーは、大きな大きなため息をついている。

「本当に、荷馬車は使われないのですか?」

 帰り道だというのに。

 彼は、何とか説得したいと考えているようだ。

 ああ、そっか。

 神殿での儀式が終わったから、帰り道は徒歩でなくてもよいのだろう。

 なのに、アディマは徒歩で帰ると言っているのか。

「どうせ19の間は、都には入れない…それなら、荷馬車を使っても同じだろう」

 苦笑めいた表情で、アディマがリサーを諭す。

 んーと、んーと。

 昨日、少し話は聞きはしたが、精神的にうまく吸収できる状態ではなかった。

 確か。

 この国では、19というのは不吉な数字ということで。

 夜の月が、19日で満月になるせいだと。

 19は、黒く不吉な月の力が一番強い時期。

 そう考えられているのだ、この世界は。

 だから、彼は18のうちにこの神殿に到着しなければならなかったし、19になる前に出なければならなかった。

 そして19を過ぎなければ、都に戻れない、ということになる。

 昨日、ここの若奥様と話していた時も、その話題になった。

 19になることを理由に、一年ほど放浪の旅に出る若者が多いらしい。

 そして、彼女の兄はそのまま流浪の人になったという。

 町から町をめぐる商売をしているとかで、数年に一度、ひょっこり顔を出すそうだ。

 それを聞いた景子の頭に浮かんだのが──『フーテンの寅さん』だったのは、誰にも内緒なのだが。

 勿論、テーマソングと一緒に脳内に流れた。

 いつかどこかで会ったら、ということで、名前を聞いておく。

 リクパッシェルイル。

 リクさんかあ。

 どんな人かと尋ねたら、彼女は少し沈んだ顔をしたのだ。

『神にそむくような姿をしているので…すぐに分かります』、と。
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