アリスズ

「早く到着したにせよ、隣領の領主の屋敷に滞在すればよいではないですか」

 リサーは、まだ食い下がっていた。

 荷馬車で、出来るだけ速く安全な旅程を。

 それを、彼は望んでいるのだ。

 アディマは、軽やかな曲が流れ、踊り歌う人々の方をゆっくりと見た。

「歩いて、見て帰りたいんだよ。穏やかで幸福な町を」

 彼の言葉に、景子はこれまで見てきた町のことを思い出したのだ。

 みな、幸せそうに働いていた。

『太陽様が見ているからね』

 農村の老婆は言った。

 腰が曲がってなお、彼女はにこにこと畑に出る。

 景子も、それににこにこになったのだ。

 盗賊もいるようだが、町の自警がしっかりしているのか、旅人以外を狙う様子はなかった。

 領主のお膝元の町は、大きな石塀で囲まれたところも多い。

 イエンタラスー夫人のところも、神殿のあるこのブロズロッズもそうだった。

 秩序が目に見えるこの国を、アディマは見たい──そういうのである。

「急ぐ旅ではないのなら…うちの領に寄っていかぬか?」

 広場には、供を従えたセルディオウルブ卿が現れた。

 人々は歌と踊りをやめ、卿にうやうやしく挨拶をする。

「ああ、続けてくれ…楽しい歌に誘われてな、邪魔はせぬ」

 すぐさま届けられる酒の杯を受け取りながら、老人は軽快に笑った。

 老人は杯を供に預けるや、アディマに深々と臣下の礼を取る。

「これは、セルディオウルブ卿…昨日はありがとう」

 アディマは、軽い会釈で彼に応じていた。

「うちに、そちらの太陽の娘も、一緒に連れてきて欲しいんじゃがの…庭に種をまきたいのじゃ」

 卿の言葉に、景子はどきっとする。

 自分に、あだ名がつけられていたからだ。

「太陽の娘…」

 アディマの視線が、すぅっと景子に注がれる。

 カァっと、彼女は赤くなってしまった。

 いや、ほら、私もう、娘とかいう年じゃないですし。

 ジタバタとのたうちながらも、景子は年齢に関しては出来うる限り、しらばっくれるつもりだった。

 それくらい、お天道様だって許してくれるよ、ね?

 頭上で輝く太陽光にさらされながら、景子は相変わらず往生際が悪かった。
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