アリスズ

「そう、あの老人の領に寄って行くのか」

 景子は、話のあらましを菊に教えてくれた。

 とりあえず、リサーという関門を突破し、再び共に旅が出来るようになったようだ。

 まだ、外では木を取り巻いて宴会が続いていたが、彼女たちは明日の出発のために休むことにしたのである。

 御曹司たちは、神殿へと戻って行った。

 明日の朝、迎えに来るそうだ。

 そんな二人の部屋の、ノッカーが叩かれる。

 応えると、扉を開けたのは若奥様だった。

 腕には、腕白坊主を抱えている。

 はしゃぎ疲れたのか、すっかり寝入っていた。

 景子に向かって、子供について何かを告げている。

 彼女はびっくりしたように、菊の方を見た。

「子供に祝福をしてくれって…祝福って言われても…」

 オロオロと、景子が助けを求めてくる。

 菊は、おかしくなって顔を笑いで緩めた。

 普通の花屋の女性だったはずが、こんなところで伝説になってしまったせいだ。

 いつの間にか、彼女は太陽の娘とかいう二つ名まで、背負う羽目となっていた。

「してあげなよ…元気に育ちますように、でいいじゃないか」

 菊は、そのおつき程度で気楽な位置だ。

 だから、気楽に彼女に助言が出来る。

 ああ、と。

 景子は、笑った。

 それくらいなら出来ると、思ったのだろう。

「この子が…元気に育ちますように」

 景子は、日本語でそう子供に祈りをこめる。

 彼女もやはり──日本人であった。

 無意識だったに違いない。

 しかし、景子は両手を合わせていたのである。

 異国の言葉と異国の作法。

 それは、若奥様の目には、魔法の呪文のように思えたに違いない。

 目に涙を浮かべるほど、本当に喜んだのだから。

「あんなんで…よかったのかな」

 出てゆく親子を見送りながら、景子は恥ずかしそうにする。

「太陽の娘に祝福を受けた子、ということで…将来すごい人になったりしてね」

 菊が、軽く茶化すと。

 彼女は、指の先まで真っ赤になってしまった。
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