アリスズ

 セルディオウルブ卿の住まう町は、にぎやかな宿場町だった。

 特に、髪を装うための商品を扱う店が多いのは、神殿のすぐ側の町らしい、といったところか。

「北から神殿に来る者は、かならず最後にここに寄るからね」

 アディマの説明を聞きながら、景子は町に目を奪われていた。

 景子たちは、西から神殿に入ったために──更に、農村ルートを通ったらしく、最後まで余り大きな町はなかったのだ。

 子供たちの反応も違う。

 旅人を見慣れているので、物売りに近づいてくるのだ。

 髪の油や、宿への客引き。

 子供とは言え、一生懸命働いている。

「セルディオウルブ卿のところへ、ゆくのだよ」

 子供たちに、アディマが穏やかにそう言うと、彼らの反応が一気に変わった。

「大爺様のところのお客さんかぁ」

 それじゃ、商売できないや。

 集まってきた子供たちが、ケラケラと笑う。

 愛すべき呼び名が、景子の頬を緩ませた。

「おねーちゃんも、大爺様のとこに行くの?」

 油売りのかごを下げた少女が、景子に問いかける。

 うんうん、と笑顔のまま、彼女は頷いた。

 だが、少女は少し考え込んで、かごからひとつ油の瓶を差し出すではないか。

「おねーちゃんにあげる。大爺様のとこに行くのに、そんな髪じゃダメよ」

 笑顔が──衝撃に変わった。

 景子は、またいつも通りの髪に戻っていたのだ。

 神殿でなければ、これまでさして咎められることもなかったからである。

 しかし、ここは大きな町だ。

 農村よりも、もっともっと人々は身なりに気を使っていて。

 こんな小さな子供でさえ、髪だけは美しく結っている。

 そんな町の人から見れば、景子の髪などとてもみっともないのだろう。

 子供でさえ、売り物をあげようとするほど。

 あ、あははははは。

 景子は、乾いた笑いを浮かべた。

 心の中では、さめざめと泣いていたが。

「ひとつ買おう…」

 反応できないでいる景子の横から、手が伸びる。

 アディマは、無料でくれるという少女から、油をひとつ買い取ったのだった。
< 115 / 511 >

この作品をシェア

pagetop