アリスズ
☆
卿の屋敷の門の前で、景子は足を止めてしまった。
油の瓶は、アディマがしまってしまい、彼女の髪は何も変わっていなかったからだ。
こんな髪で、卿の前に出ることは、とても恥ずかしいことなのだと──子供に教えられたのである。
そのショックから、まだ景子は立ち直れていなかった。
前にあの老人にあった時は、幸いにもおばさんに綺麗に整えてもらっていた時で。
少しは、いまよりはマシだったのだろう。
年甲斐もなく恥ずかしいが、髪を編んだ方がいいに決まっている。
そんな迷いいっぱいの景子をよそに、使用人は門を開けて彼らを招きいれるのだ。
あ。
ど、どうしよう。
「ケーコ?」
後方の異変に気づいたらしく、アディマが振り返って彼女を呼ぶ。
でも、足を踏み出せない。
そこで菊が、あははと突然笑い出した。
景子が、ぎょっとしてしまうほど。
「若さん…油と櫛!」
菊は快活に、しかし、独特の呼びかけをする。
神殿に行ったおかげか、彼女は『櫛』という単語をマスターしていた。
アディマは、自分が呼ばれていることに気づくのに、少しかかったようだが、荷物の中から、言われたものを取り出す。
それを、菊は受け取るや、景子の元へと戻ってきた。
「行こう…景子さん」
そして。
彼女は、屋敷とは逆の方向へと、景子を連れて行こうとするのである。
「え? え? 菊さん?」
ぽかんとする男どもを置いて、二人の足は町の方へと向かっていた。
「アディマたち、心配するよ」
後ろを振り返りながら言うが、菊は笑うだけだ。
「油と櫛を持った女が何をするかなんて…誰が考えたって分かるだろ?」
心配しやしないさ。
菊は片方には景子の腕を、もう片方では櫛や油の瓶を珍しそうに眺めながら歩く。
「大丈夫…梅の髪でさんざん遊んでたからね…意外と指先は器用なんだよ」
誰もいない、細い路地に連れ込まれる。
菊は──櫛をくわえて、瓶のふたを開けたのだった。
卿の屋敷の門の前で、景子は足を止めてしまった。
油の瓶は、アディマがしまってしまい、彼女の髪は何も変わっていなかったからだ。
こんな髪で、卿の前に出ることは、とても恥ずかしいことなのだと──子供に教えられたのである。
そのショックから、まだ景子は立ち直れていなかった。
前にあの老人にあった時は、幸いにもおばさんに綺麗に整えてもらっていた時で。
少しは、いまよりはマシだったのだろう。
年甲斐もなく恥ずかしいが、髪を編んだ方がいいに決まっている。
そんな迷いいっぱいの景子をよそに、使用人は門を開けて彼らを招きいれるのだ。
あ。
ど、どうしよう。
「ケーコ?」
後方の異変に気づいたらしく、アディマが振り返って彼女を呼ぶ。
でも、足を踏み出せない。
そこで菊が、あははと突然笑い出した。
景子が、ぎょっとしてしまうほど。
「若さん…油と櫛!」
菊は快活に、しかし、独特の呼びかけをする。
神殿に行ったおかげか、彼女は『櫛』という単語をマスターしていた。
アディマは、自分が呼ばれていることに気づくのに、少しかかったようだが、荷物の中から、言われたものを取り出す。
それを、菊は受け取るや、景子の元へと戻ってきた。
「行こう…景子さん」
そして。
彼女は、屋敷とは逆の方向へと、景子を連れて行こうとするのである。
「え? え? 菊さん?」
ぽかんとする男どもを置いて、二人の足は町の方へと向かっていた。
「アディマたち、心配するよ」
後ろを振り返りながら言うが、菊は笑うだけだ。
「油と櫛を持った女が何をするかなんて…誰が考えたって分かるだろ?」
心配しやしないさ。
菊は片方には景子の腕を、もう片方では櫛や油の瓶を珍しそうに眺めながら歩く。
「大丈夫…梅の髪でさんざん遊んでたからね…意外と指先は器用なんだよ」
誰もいない、細い路地に連れ込まれる。
菊は──櫛をくわえて、瓶のふたを開けたのだった。