アリスズ

 季節がない──じゃなくて、地軸が傾いていない、のかしらね。

 梅は、たくさんの本の知識を集合させ、そう推測していた。

 イエンタラスー夫人の領土は、ずっとずっと春のような気候が続く。

 若干の気温差はあるものの、そこまで大きな幅ではない。

 ということは、南北のゾーンごとに季節が違う、と考えるべきか。

 赤道付近は、永遠に夏で。

 そこから南北にずれてゆくと、春秋の気候になり、南極北極に近づくにつれ永遠の冬、ということになるだろう、と。

 地図でも、南北の果ては描かれてはいないし、人の行ってはならぬ場所、という表現で書かれていた。

 その地域ごとに、太陽の当たる距離が一年を通じて変わらない、というわけか。

 この国には、太陽信仰があるらしいので、都が南にあるというのは納得が行く。

 彼らも、その南から来て、また南へと帰るのだろう。

 そこで梅は、夫人に呼ばれた。

 直接ではない、お呼び出しだ。

 ああ。

 何となく理由が分かって、梅は複雑な気分になる。

 どうしたものか、と。

 おそらく、隣領のアルテン坊ちゃんが来たのだ。

 最近、頻繁に本を持って登場するのである。

 本の配達は、非常にありがたくはあるのだが、そこまでしてもらういわれはなかった。

 おそらく、梅の好意を期待しているのだ。

 その下心が、大変困るのである。

 使用人たちの間では、まことしやかに噂になっているし、屋敷に出入りをする町の者の口にも、上がり始めているようだった。

 梅は、出来るだけゆっくりと、夫人の部屋へと向かう。

 扉の向こうにいたのは。

「ウメ…また本を持ってきてやったぞ」

 やはり、感謝しろ、と言わんばかりの──アルテンだった。

 更に、今回の彼は、困ったことに一味違ったのだ。

「イエンタラスー夫人、明日は19日ということを失念しておりました…二夜ほどの滞在をお許し願えませんか」

 いけしゃあしゃあと、夫人にそんなことを願い出るのである。

 19日という不吉な日を出されては、夫人が拒めるわけがない。

 隣領の、大事な跡取りなのだから。

 長居する気なんだ。

 梅は──遠い目をしてしまった。
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