アリスズ

 菊は、一人で町を散策していた。

 この屋敷にいる限り、景子に害が及ぶことはなさそうだからだ。

 老人の庭いじりに付き合ってもよかったのだが、さっき通りすがりに見た町は、どこか懐かしいカンジがしたので、ふらふらと出てしまったのである。

 一応、屋敷で会ったダイには言伝て出かけたが──勿論、日本語で。

 騒々しい、商家の町並み。

 働く子供たち。

 菊の家の近所にも、商店街があった。

 臨時に子供が店番をしていたりする、のどかな商家が多かったのだ。

 八百屋の息子、パン屋の娘は、親に文句をいいながらも、素早く計算し会計をこなし、客と話をする術を覚えてゆく。

 同級生にも、そんな家業持ちの子がたくさんいた。

 そういえば。

 この時間に子供が働いているということは──学校という設備はないようだ。

 少なくとも、庶民に向けたものは。

 農村は、ある意味しょうがないにせよ、都市部でもそうなのか。

 教育は、国家百年の計。

 そんな思想の国から来た菊には、引っ掛かりを覚えるところでもあった。

 寺子屋くらい、作ればいいのに。

 そんなことを考えて歩いていると。

 大きな声があがった。

 子供の声である。

 何事かと振り返ると──少女が、菊を指差して叫んでいた。

 よく見るまでもなく、油売りの少女だ。

 何事だ?

 首を傾げていると、少女はいきなりどこかへ消えるではないか。

 そして、すぐさま大人の女性を引っ張って来たのだ。

 菊の前まで連れてくると、モーレツな勢いで菊に何かを訴える。

 女性は、赤くなってもじもじとしていて。

 いまは通訳がいないので、菊が首を傾げていると。

 少女は、おもむろに自分の頭を指すではないか。

 あー。

 この子は、菊にまたブリの照り焼きを、忘れさせる修行を積ませてくれるというのだ。

 菊は、女性を見た。

 女性は顔を赤らめながらも、遠慮する素振りはない。

 どうしたもんかな。

 ぽりぽりと、頬をかいた。
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