アリスズ

 無事、卿の立会いの元、林の中に種を植え終えた。

「明日は19日じゃ…イデアメリトスの子にも言うたが、うちで二泊していくがよかろう」

 屋敷へと戻りながら、老人は景子に語りかける。

 その日は、町も一斉にお休みになり、外には余り出ないように──特に夜には出ないようにと言われるのだ。

 はっと。

 景子の頭に、月の姿がよみがえった。

 初めて見た時のことだ。

 あれが、19夜の満月だったのだろうか。

「太陽を嫌う人たちが…いるんですか?」

 曖昧にぼかしながら、恵子は卿に問いかけた。

 帰り道でも、それらは旅の邪魔をしてくるかもしれないのだ。

「おるのう…太陽が嫌いというよりは、イデアメリトスを嫌っておる者達じゃ」

 暮れゆく空を見上げながら、老人は困った風にため息をついた。

「勝った者の影には、必ず負けた者がおる…太陽に負け、隠遁生活を送らねばならぬ自分たちは、まるであの月のようと…そう考えておるのじゃろう」

 景子は、言葉が長く続けられるにつれ、不安に表情を曇らせた。

「しかし…」

 そんな、不安を汲んだのだろうか。

 翁は気分を持ち上げるように、少し感心した声をあげた。

「今日の髪の編み方は素晴らしいのう…編み物のように細やかで美しいぞ」

 ほめ言葉に、景子は心の底から嬉しく思った。

 美しいものを見慣れているだろう卿に言われたから、なおのことだ。

「菊さんに編んでもらったんです」

 しかし、自分の手柄にしてしまうことは出来ずに、景子は照れながら白状した。

「キクサン…ああ、一緒におった若者か。なんじゃ…もう、いいお相手がおったのか」

 その照れを──卿は見事に曲解した。

 えええー!?

 そして、景子は気づいたのだ。

 菊が性別を明らかにしないということは、自分とそういう関係だと間違われる可能性が高くなるのだ。

「ち、違います…菊さんは…女です」

 ごめん、菊さん。

 髪の恩を、景子は見事に仇で返したのだった。
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