アリスズ
○
「ウメ…竪琴でも弾いて差し上げたら?」
「はい、夫人」
夕食後。
アルテンとは言え、イエンタラスー夫人にとっては大事な客人だ。
夫人の言いつけとあらば、梅はすぐさま引き受けた。
数曲弾き終え、彼女が一息ついたところに、アルテンが近づいてくる。
梅は竪琴を膝に乗せて座っていたので、それを拒むことは出来なかった。
「こちらの国の歌は、弾かないのか?」
アルテンが言いたい事も分かるのだが、知らないものは弾きようがなかった。
「私…こちらの音楽を、聞いたことがありませんの」
この国で音楽に触れるには、誰かの演奏を聞かなければならない。
録音機材など、ないのだから。
しかし、梅にその機会はなかった。
イエンタラスー夫人は、文化的なものを愛してはいるが、私設楽団を雇っているわけではない。
そして夫人自身、楽器をいろいろ持ってはいるものの、お上手な方ではなかったのだ。
そんな梅に、アルテンは高い位置から、ニヤリと笑った。
そして、自分の腰に差していた、美しく塗り上げられた棒のようなものを取り出したのである。
それは──木製の横笛だった。
アルテンは、梅の椅子の肘掛に腰掛けるという無作法な行動を取るや、横笛を吹き始めたのだ。
軽く高い澄んだ音色。
金属製ではないというのに、空気が逃げる音がしない。
よほどの業物なのだろう。
そして、アルテンの腕前もなかなかのものだった。
陽音階の楽譜の上をすべるように、笛の音は響いてゆく。
音に感情を乗せる部分はまったくだめでも、譜面通りに吹くのはうまい方だろう。
華やかで美しい音の流れ。
梅は、その耳に音を焼き付けようとした。
そうするしかない世界だから。
簡単に記録して、簡単に引き出すことの出来ない世界だから。
梅は、懸命に耳を澄ませた。
そして、同時に思ったのだ。
屋敷の中に閉じこもっているばかりでは、何も手に入らないのだと。
アルテンのことを少しだけ見直し、同時に──菊のことを思い出していた。
彼女の愛すべき姉妹もまた、笛をたしなんでいたからだ。
「ウメ…竪琴でも弾いて差し上げたら?」
「はい、夫人」
夕食後。
アルテンとは言え、イエンタラスー夫人にとっては大事な客人だ。
夫人の言いつけとあらば、梅はすぐさま引き受けた。
数曲弾き終え、彼女が一息ついたところに、アルテンが近づいてくる。
梅は竪琴を膝に乗せて座っていたので、それを拒むことは出来なかった。
「こちらの国の歌は、弾かないのか?」
アルテンが言いたい事も分かるのだが、知らないものは弾きようがなかった。
「私…こちらの音楽を、聞いたことがありませんの」
この国で音楽に触れるには、誰かの演奏を聞かなければならない。
録音機材など、ないのだから。
しかし、梅にその機会はなかった。
イエンタラスー夫人は、文化的なものを愛してはいるが、私設楽団を雇っているわけではない。
そして夫人自身、楽器をいろいろ持ってはいるものの、お上手な方ではなかったのだ。
そんな梅に、アルテンは高い位置から、ニヤリと笑った。
そして、自分の腰に差していた、美しく塗り上げられた棒のようなものを取り出したのである。
それは──木製の横笛だった。
アルテンは、梅の椅子の肘掛に腰掛けるという無作法な行動を取るや、横笛を吹き始めたのだ。
軽く高い澄んだ音色。
金属製ではないというのに、空気が逃げる音がしない。
よほどの業物なのだろう。
そして、アルテンの腕前もなかなかのものだった。
陽音階の楽譜の上をすべるように、笛の音は響いてゆく。
音に感情を乗せる部分はまったくだめでも、譜面通りに吹くのはうまい方だろう。
華やかで美しい音の流れ。
梅は、その耳に音を焼き付けようとした。
そうするしかない世界だから。
簡単に記録して、簡単に引き出すことの出来ない世界だから。
梅は、懸命に耳を澄ませた。
そして、同時に思ったのだ。
屋敷の中に閉じこもっているばかりでは、何も手に入らないのだと。
アルテンのことを少しだけ見直し、同時に──菊のことを思い出していた。
彼女の愛すべき姉妹もまた、笛をたしなんでいたからだ。