アリスズ

 菊は、運ばれた笛を受け取ると──晩餐の席を立った。

「音を見てくる」

 そう言い残して。

「どうしたのかね…彼女は」

「この国の笛に触れるのは初めてなので、試してくると」

 セルディオウルブ卿の問いに、景子は答えた。

「恥をかかなければよいが」

 ぼそっと。

 リサーが呟く。

 いたたたたた。

 聞こえてしまった景子は、その言葉のつぶてを避けるように、アディマの方を見た。

 彼は、機嫌良く微笑み返してくれる。

 髪も、ほめてくれたのだ。

 菊の手柄であることを、また説明しなければならなかったのだが。

 編み込み、覚えよっかな。

 景子は、本気でそう思い始めていた。

 自分で出来れば、これから恥ずかしい思いをしなくなる。

 菊という先生もいるし、幸い、この屋敷には二泊することになるのだ。

 卿の孫娘も、景子の髪に興味を持ったようで、使用人を通じて髪のことを聞きに来たほど。

 編み込みという技は、この世界では発展していないのか。

 そんな風に、髪のことを考えていたら。

 菊が、戻ってきた。

 驚いたのは、彼女が袴姿になっていたこと。

 荷物から出して、着替えてきたのだろう。

 皆が。

 皆が、見つめずにはいられない、その東洋の娘に──竪琴の音色さえも、止まった。

 笛を唇の下にあて。

 菊は、一音を吹き流した。

 音色が、掠れる。

 高い音を泣かせるべく、それに息を震えるように混ぜるのだ。

 嗚呼。

 景子の中の、魂が揺さぶられる。

 五条大橋の、欄干の上に立つ彼女の姿を思い浮かべてしまうほど。

 武蔵棒弁慶は、何処にもいなかったけれども。
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