アリスズ

 笛を、もらった。

 菊の演奏を気に入った、老領主からの褒美だ。

 景子も興奮した顔で、こっちを見ている。

 面白かったのは、あのリサーか。

 菊のことを、ただ野蛮な女とでも思っていたのだろう。

 面白いほど、ポカンとしているのだ。

 彼女は笛を腰に差し、一礼して晩餐の席へと戻った。

「どこの国の人かって…聞かれてるんだけど」

 孫娘は、菊より少し年下くらいか。

 その子からの質問を、景子が通訳してくれる。

 菊は、まっすぐにその娘に顔を向けた。

「日本」

 その国の名を、彼女ははっきりと日本語の発音で答える。

 隠すつもりはなかった。

 ここが、自分らの知る世界の一部でなかったとしても、彼女の生まれ育った国は変わらないのだから。

 リサーと御曹司の視線も、菊に向けられた。

 そう言えば、彼らにも国の名前は言ったことがなかった。

 前に一緒に旅をしていた時は、今よりももっと言葉が不自由だったのだ。

 再会した後には、今更そんなことを聞く気にもならなかったのだろう。

 御曹司が、景子に問いかける。

 彼女は、とても困った顔をしていた。

 日本について、聞かれでもしているのか。

 焦って、言葉がうまく出ていないようだ。

 老人や孫娘まで、それに参戦してきたため、景子の容量は飽和状態になっていた。

 言葉が半分も分からない菊は、逆に気楽で。

 ただ。

 孫娘が、非常に深い思いを込めて彼女を見つめてくる。

 髪の編み方も、聞かれたと景子が言っていた。

 やや、軽薄な視線を──菊は受け流す。

 微かに、いやな予感が背筋を走ったのだった。
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