アリスズ

 大勢の人に見送られて、三人は村を後にした。

 このまま、北の街道に戻れば、アディマたちの待つ町に近いという。

 リサーの雰囲気が──少しだけ変わった。

 村に向かう時まで、棘だらけだった気配が、軟化しているのだ。

 畑の土が、彼をそうさせたのだろうか。

 とりあえず、景子には利用価値くらいはあると、認識してくれたようで。

 その程度の待遇改善でも、景子にとってはありたがたかったが。

 事件が起きたのは、次の夜のことだった。

「……!」

 焚き火のそばで、マントにくるまって野宿をしようとしていた時、菊が突然、刀を握って身構えたのである。

 瞬間、リサーも景子も緊張した。

 菊の行動は、何かがそう遠くないところにいる、ということだ。

 景子は、目をこらした。

 光る周囲の植物の、ずっとずっと向こうに、ひとつ別の光が見える。

 その歩きは、おぼつかなく──よろけるように、こちらに向かってくるではないか。

「誰かいるのか?」

 声を出したのは、向こうの方だった。

 男の声だが、敵意などない。

 それどころか、情けないほど疲れ果てている声。

 夜道で、迷ってしまったのだろうか。

 火をのあかりを頼りに、歩いてきたようだ。

 菊は、完全に警戒をやめたわけではないが、とりあえず臨戦態勢は解いた。

「旅の者だ…そちらは、この辺りの方か?」

 焚き火に照らされる男を見て、リサーがゆっくりと問いかける。

「ああ…私も旅の途中だ…いたた、馬に放り出されて…」

 彼は、火を見て本当に安心したように、側に座り込んだ。

 言葉遣いは綺麗だし、服も随分汚れてはいるが上等なもののようである。

 その上、男だが髪を長く伸ばしている。

 だからこそ、リサーも丁寧な言葉で問いかけたのだ。

 しかし、何の許可も取らず、火の側に座り込む辺り、疲れていることを引いても厚かましかった。

「ああ…何で私は、捧櫛の神殿などに行く気になったんだ…あの女…あの女が悪いんだ」

 三人の旅人を置いてけぼりに、身分の良さげな男はブツブツと不満を洩らしたのだった。
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