アリスズ

「名のある方とお見受けしましたが」

 自分の世界に入りこんだ男に、リサーは咳払いをしてから語り掛けた。

 それに、彼は素早く反応する。

「そうだとも! 私こそ西北の領主の世継だ」

 アルテンなんとかと名乗った男は、よく見るとまだ若い。

 領主の息子さんなのに、頑張るんだなあと、景子は感心していた。

「ああ、イエンタラスー夫人の北の…」

 だが、聞き覚えのある名前が出て、驚いたのだ。

 菊も、ぴくりとそれに反応する。

「イエンタラスー夫人って…梅さんがいる?」

 知っている名前に嬉しくなって、景子はリサーに確認をしようとした。

 だが、それは――地雷だった。

 向けられたアルテンの顔は、怒りで満ちあふれていたからである。

「ウメ! お前らは、ウメを知っているのか!?」

 立ち上がった青年の勢いに、景子はひっくり返りそうになった。

「知ってるよ。うちの『女』だ」

 横から、菊が現地語で答える。

 だが、言葉を間違っていた。

 姉か妹か、そんな言葉を言いたかったのだろうが、おそらく知らなかったのだ。

「はっ、もう相手がいたのか! しかも、こんなみすぼらしい平民か!」

 勘違いしたアルテンは、矛先を景子から菊へと移した。

 早口過ぎて、景子でさえ聞き取るのが精一杯。

 菊には、半分も伝わっていないだろう。

 冷ややかに、彼女はアルテンを見ていた。

 そして、こう言ったのだ。

「なるほど…お前は、梅に叩き出されたんだな」

 日本語で。

「おのれ…!」

 意味は分からなくても、バカにされたと思ったのだろう。

 なんと。

 アルテンは、腰の小剣を抜いたのだ。

 菊は、それをなお冷ややかに見つめた。

「き、菊さんっ!」

 勿論、菊を心配した。

 だが同時に、相手が斬り捨てられる心配もしたのだった。
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