アリスズ

「名前…」

 再び、アディマとの旅が始まってから、景子は出来るだけさりげなく、彼に聞いてみた。

「名前…呼び方変わったのね…」

 丘の上。

 今夜の野宿は、ここだった。

 満点の星と、不吉な黒い三日月が昇る空。

「ああ…退屈だったからね、待っている間」

 唇の中で、アディマは小さく『ケイコ』と呟く。

 聞いているだけで、恥ずかしくなった。

 そっか。

 彼女が、リサーたちと村に行っている間、アディマは領主の屋敷に滞在していたのだ。

 ただ待つ、というのも退屈だったのだろう。

 暇つぶしとは言え、彼が景子の名前の練習をしてくれたかと思うと、恐縮だった。

「あ…名前…」

 そこで、景子はハタと気づいた。

「私、アディマって呼んでるけど…それ、失礼なことなんじゃ…ない?」

 言葉が分からない時は、それで許されたかもしれない。

 しかし、彼がすごい身分だと分かった今は、改めなければならない気がした。

 何しろ、他の誰一人として、『アディマ』と呼ばないのだから。

 菊でさえ、知っていても呼ばなかったではないか。

「ケイコは、私の従者でもなんでもないから、好きに呼んでかまわないよ」

 クスクスと笑うアディマに、景子の方が困ってしまう。

「でも、本当は『イデアメリトスの御方』、とか呼ばないとダメなんじゃ…」

 言いながら、景子はしょんぼりしてきた。

 自分の言葉に、自分で落ち込んでしまったというか。

 壮絶な距離感を感じたのだ。

「ケイコにとって、イデアメリトスなんて、何の意味のないものだろう?」

 笑いながらそんなことを言うものだから、聞き耳を立てていたリサーが目をひんむいた。

「そんな…」

「それに」

 景子の言葉に、アディマが声をかぶせてくる。

「それに…ケイコだって、『魔法』が使えるだろう?」

 耳元で。

 最近覚えた言葉が――囁かれた。
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