アリスズ

「シャンデル…イデアメリトスのおとぎ話って、知ってます?」

 宿にありついた夜。

 景子は、同室になった彼女に、そう聞いてみた。

 扉や壁が、女二人を隔離してくれているから、聞ける話でもある。

 農村のおばさんが、言っていた言葉を、ふと思い出したのだ。

「…知っているわ。それが、何か?」

 シャンデルは、なかなか景子に心を開いてはくれない。

 立場の上下に、厳しい社会で育ったのだろう。

 下に見ている景子とは、仲良くするという概念がないように思えた。

「よかったら、教えてくれませんか?」

「別に…よいけど」

 下手に出る彼女に、シャンデルは微妙な口調で応じてくれる。

 そして、昔話が始まった。

「昔、この国には戦いが溢れていて…」

 小さい国しか出来ず、それらはお互いにつぶしあっていたという。

 そこへ、初代のイデアメリトスが彗星のように現われる。

 彼は、太陽の化身と呼ばれ、不思議な力を使い、次々と国を大きくして行った。

 長く長く編んだ髪を持ち、彼が数本の毛を引きちぎるだけで、大水が起こり、炎が燃え盛り、雷鳴が落ちた。

 イデアメリトスは、11人の賢者と7人の子供を引き連れ、国を一つにしたのだ。

 不思議なことに、彼は年を取らなかった。

 しかし、国が戦から立ち直り、初代の賢者がすべて死に、末の息子が自分の世継ぎにふさわしいと見るや、捧櫛の神殿を建てたのである。

 末の息子に、二人の男の供だけを連れ、都からはるばる神殿に旅をさせた。

 イデアメリトスも、旅立ちの時は二人の供しかいなかったからだ。

 息子が無事、神殿への旅を成し遂げたのを見守ったイデアメリトスは、息子に跡目を譲り、その祭壇で髪を切った。

 かくしてイデアメリトスは、そこで太陽に召されたのである。

 長く長く伸ばされた髪は、いまだ神殿に収められ、次代のイデアメリトスの成人を見守っているという。

 これが、この国の始まりであり――イデアメリトスの血の始まりだった。
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