アリスズ

「だから、こんな旅をするんだ…」

 おとぎ話と言うよりは、脚色された歴史だった。

 イデアメリトスの血を持つと、不思議な力が使え、髪を伸ばせば成長が遅くなる。

 アディマは、子供の頃から伸ばしたために、小さいままだった。

 初代は、人の一生以上を生きてから髪を切ったために、その瞬間に死んだのだろうか。

「あなたも、イデアメリトスの御方の力を見たでしょ?」

 何も知らない景子に呆れながら、シャンデルは言い放つ。

「お、大きくなった…こと?」

 それくらいしか心当たりがなく、景子はおそるおそる聞いてみた。

「そうではなくて、あなたが愚かにも、獣に追い回されていた時よ! イデアメリトスの御方自らが、魔法であなたを救ってくださったじゃない!」

 どうして、それを最初に思い出さないのかと、シャンデルは苛立っているようだった。

 獣!?

 景子は、あっと自分の口を押さえた。

 あの時。

 獣に山道で追い回された時。

 何故か、獣は勝手に転げ落ちて行ったのだ。

「神殿に行くまで、たった一度しか使ってはならない魔法を、お使いになられてまで、あなたを救って下さったと言うのに!」

 あ、あ、あ!

 シャンデルの声が、景子の胃袋を掴み上げる。

 すべて、つながったのだ。

 あの時、リサーが何故あんなに怒っていたのか。

 そして。

 何故、二人に出ていけと行ったのか。

 ただの一度、許された魔法を、景子ごときに使ってしまったのだから。

 それは…怒るわ、出ていけと言われるわ。

 景子は、リサーの気持ちが分かり過ぎて、ずしーんと頭が重くなった。

 もっとひどいピンチになった時、魔法が使えずに旅が失敗したら――彼女をいくら恨んでも足りなかっただろう。

 この恩は、それこそ一生かかっても返しきれない気がしてくる。

 ああ。

 突然に気づいた自分の負債の大きさに、景子はめまいがしたのだった。
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