アリスズ

「ウメ、ウメ!」

 イエンタラスー夫人の、久しぶりのお呼び立てだ。

 梅は、書き写していた本から顔を上げる。

 その呼び立てが、アルテンについての話であればいいと、少しだけ願った。

 隣領の御曹司は、いまだ帰らぬままだったのである。

 アルテンそのものを心配している、というのもあるが、彼が帰らないと、イエンタラスー夫人が、隣領といままで通りの付き合いが出来ないのだ。

 この屋敷に来た後、行方不明になったのだから。

「イデアメリトスの子が、無事儀式を追え、こちらに向かっているそうですよ」

 だが、それは違う喜びの便りだった。

 明日にも、この領土に入るとのこと。

「そうですか…それは、とてもおめでたいことですね」

 梅は、微笑んだ。

 嬉しくないはずがない。

 彼らの旅の成功は、菊や景子の無事に、限りなく近い意味を持つのだから。

 怪我など、していないとよいのだけど。

 梅は、双子の片割れのことを思った。

「さあ、迎え入れの準備をしなければ…梅も手伝って頂戴」

 アルテンの件以来、沈みがちだったイエンタラスー夫人の明るい顔に、梅も嬉しくなる。

 それから屋敷は、歓迎の支度で大わらわだった。

 イエンタラスー夫人は、今夜から寝ずに待つと言う。

 いつ到着されても、完璧に迎えをするためらしい。

 梅も付き合おうとしたのだが、身体のことを心配されて叶わなかった。

 そうして。

 ついに翌日。

 一行は、昼過ぎに到着した。

 人影は――五つ。

 玄関で夫人と待つ梅には、すぐに分かった。

 菊が、そこにいないことを。

 あら。

 それに、梅は笑顔になった。

 アディマ一行との旅以上の何かが、菊に訪れたのだ。

 どうして、それを喜ばずにいられようか。
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