アリスズ

「梅さん!」

「景子さん」

 堅苦しい挨拶の後、ようやく二人の日本人は、再会を言葉にした。

 梅は、本当に景子の無事を喜んだのだ。

 そして、彼女はちゃんと梅の目を見た。

 それだけで、菊がトラブルなく、彼らと別れていることが分かるのだから。

 聞きたいことは、たくさんある。

 屋敷の中にいる間、梅はたくさんの知識を頭に入れた。

 同じ間、景子は世界を肌で知ったのだ。

 梅とは違う、本物の体験。

 それを、彼女は吸いたがっていた。

 晩餐までの時間、夫人に暇をもらっていたおかげで、梅は彼女を自室に引き込むことが出来たのだ。

 今夜は、この部屋に泊まってもらうつもりだった。

 要するに、梅はとても浮かれてしまっていたのだ。

「菊さんは…」

 最初に話し始めたのは、彼女の相方に関するもの。

 しかし。

 その話ときたら。

「あはは…やだ、菊にバレちゃったのね」

 笑い話以外の、何物でもなかった。

 まさかまさかのアルテンが、彼女の話に登場していたのである。

 しかも、梅に叩き出されたことまでお見通しとくるから、笑わずにいられない。

「ああ、よかったわ…菊が預かってくれたんなら一安心だもの」

 菊の性格は、よく把握しているつもりだ。

 梅の尻拭いのためだけに、アルテンを預かるような気性ではない。

 ということは、何か菊の琴線に触れるものでもあったのだろう。

 しかし、同時にアルテンに、同情しそうになったのだ。

 あの菊に、気に入られてしまったのだから。

 さぞや。

 さぞや、いい男にされるに違いない。

 菊は、剣術道場少年部の師範代なのだ。

 少年たちが、最初に徹底的に鍛えられるのは――精神的な部分なのだから。
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