アリスズ

 楽しい時間は、あっという間だ。

 すぐに、晩餐の支度をするよう、先触れがきてしまう。

 梅は、景子に新しい衣裳を用意しようとした。

「あ、いえ…私は」

 しかし、彼女は遠慮する。

 最初、遠慮しているのは、衣裳のことかと思ったのだ。

 しかし、そうではなくて、晩餐そのものへの参加を遠慮していると分かった。

「ダイさんも、シャンデルさんも出ませんから」

 そう言った景子に、梅は悲しささえ覚えた。

 この旅は、たくさんの知識を彼女にもたらしたのだ。

 それで、自分はあの席に座ってはならないと――そう知ったのである。

 同時に、梅はイデアメリトスの子とやらに、がっかりもしたのだ。

 彼が、大きくなっていた事実は、イエンタラスー夫人に聞いていたので驚かずに済んでいた。

 しかし、同時に安心していたのだ。

 あの小さい姿が、仮初めのものだったと言うのならば、きっと景子とのことも、よい方に転がるに違いない、と。

 なのに、だ。

 景子は、彼に対して小さくなっている。

 一体、彼女をどんな風に扱っていたのか。

 短い時間ではあったが、彼ならばと見込んで、景子たちを送り出したと言うのに。

「景子さん…今夜は、是非私の客人として出席して下さい」

 梅は、深く深く懇願した。

 そうしたら。

 景子は、その目にじわっと涙さえ浮かべたのだ。

「う、梅さん…わ、私…ここに残っちゃダメ…かなあ?」

 しょんぼりしてゆく、小さい肩。

 ああ。

 イデアメリトスが、どれほどのものというのか。

 梅は、怒っていた。

 彼女らの恩人であり、日本人の良心で出来たような景子を、こんな風に追い詰めるなんて。

 見損ないましたわ。

 梅の中で、イデアメリトスの株が暴落していったのだった。
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