アリスズ
○
景子の準備を、使用人に任せると、梅は自室を出た。
自分の準備など、出迎えの時から済んでいるのだ。
夫人は、更に着替えをするだろう。
梅も、そうするつもりだったのだ。
しかし、事情が変わった。
着替えよりも、行くべきところが出来たのだ。
どの部屋が、誰に割り当てられるかなど、彼女はよく知っていた。
その中の、一番いい客間のノッカーを鳴らす。
「梅、と申します。少しばかりのお時間を、いただけませんでしょうか」
丁寧に、しかし意思を込めて呼び掛ける。
「どうぞ…」
穏やかな許可の声に、ゆっくりと梅は扉を開いた。
「久しぶりだね、お元気そうで何よりだよ」
短くなった髪は、艶やかに整えられている。
衣装も、だ。
晩餐の準備は、とうに終わっていた。
「旅の間…」
勧められたソファーに腰を下ろし、静かに梅は唇を開く。
「菊と景子さんが、大変お世話になりました」
丁寧すぎるほどゆっくりと、それを言葉にするのだ。
イデアメリトスの彼は、微かに空気を変えた。
言外に含まれるものに、気づいたのだろう。
「それで…景子さんの事なのですが」
梅は、一度言葉を切った。
そして、彼の顔を見た。
イデアメリトスの彼は――真っすぐに梅を見ている。
「景子さんは…ここに残りたいと言っています」
金琥珀の目を、強く見つめ返した。
心の弱い者なら、走って逃げるほどの気を込めて。
「馬鹿な」
即座に、否定された。
信じられないという言葉だ。
思わぬ語気の強さに、梅が驚いてしまうほど。
「そんなはずはない。ケイコは、僕と都へ行く」
自分の言葉を、一寸も疑っていない声。
梅の方が、気圧されそうになる。
話が、さっぱり噛み合っていない気がした。
「何故、僕が伴侶になるつもりの相手と、離れなければならない」
そして。
とどめが炸裂した。
あらら?
おかげで梅は──すっかり混乱してしまったのだった。
景子の準備を、使用人に任せると、梅は自室を出た。
自分の準備など、出迎えの時から済んでいるのだ。
夫人は、更に着替えをするだろう。
梅も、そうするつもりだったのだ。
しかし、事情が変わった。
着替えよりも、行くべきところが出来たのだ。
どの部屋が、誰に割り当てられるかなど、彼女はよく知っていた。
その中の、一番いい客間のノッカーを鳴らす。
「梅、と申します。少しばかりのお時間を、いただけませんでしょうか」
丁寧に、しかし意思を込めて呼び掛ける。
「どうぞ…」
穏やかな許可の声に、ゆっくりと梅は扉を開いた。
「久しぶりだね、お元気そうで何よりだよ」
短くなった髪は、艶やかに整えられている。
衣装も、だ。
晩餐の準備は、とうに終わっていた。
「旅の間…」
勧められたソファーに腰を下ろし、静かに梅は唇を開く。
「菊と景子さんが、大変お世話になりました」
丁寧すぎるほどゆっくりと、それを言葉にするのだ。
イデアメリトスの彼は、微かに空気を変えた。
言外に含まれるものに、気づいたのだろう。
「それで…景子さんの事なのですが」
梅は、一度言葉を切った。
そして、彼の顔を見た。
イデアメリトスの彼は――真っすぐに梅を見ている。
「景子さんは…ここに残りたいと言っています」
金琥珀の目を、強く見つめ返した。
心の弱い者なら、走って逃げるほどの気を込めて。
「馬鹿な」
即座に、否定された。
信じられないという言葉だ。
思わぬ語気の強さに、梅が驚いてしまうほど。
「そんなはずはない。ケイコは、僕と都へ行く」
自分の言葉を、一寸も疑っていない声。
梅の方が、気圧されそうになる。
話が、さっぱり噛み合っていない気がした。
「何故、僕が伴侶になるつもりの相手と、離れなければならない」
そして。
とどめが炸裂した。
あらら?
おかげで梅は──すっかり混乱してしまったのだった。