アリスズ

 晩餐の後、梅は景子と話をしようと思っていたのだ。

 しかし、その話の場は、変則的なものになった。

 彼が、すぐに梅の部屋を訪ねてきたからである。

 あら。

「ケイコと少し話をしたいのだが…」

 苦笑混じりの青年に、梅はにっこりと微笑んだ。

「ええ…ただ、私も同席してよろしいでしょうか?」

 さっきまでの食い違いの原因を、彼女も気になっているのだ。

 幸い、ここは彼女の部屋で、景子もここにいる。

 それに──上に立つ者は、プライバシーというものが少ないのだ。

 彼は、こういった話を、人に聞かれるのは慣れていると読んだのである。

「ああ…構わないよ」

 予想通り、すぐに許可が出た。

 周囲にいる人間を、ただの木程度に見ることなどたやすいのだろう。

 梅が同席することに、景子はほっとしているようだった。

「ケイコ…ここに残りたいと聞いたんだが…」

 景子と梅、向かいにはイデアメリトスの男。

 そんな構図で、話は始まった。

 景子が、びくっとしている。

 誰がこの話を彼にしたかは、一目瞭然だ。

 しかし、彼女は梅に非難の視線など向けなかった。

「わ…私が都に行っても…居場所がありそうにないから」

 景子の現地語は、鮮やかだった。

 訛りはあるものの、生活に密着した生きている言葉だ。

 それを、梅は心地よく聞いていた。

 いまの彼女は、この空間では、ただの梅の木。

 ただ、静かに言葉や空気の流れを、見守るだけでいいのだ。

「何故、そんな風に思う? 僕の隣にいればいい…そう言ってるだろう?」

 穏やかだが、強い音。

 言い聞かせるように、我慢強く景子に語りかける男の声。

「だって…都へ行けば思い知るもの…あなたがとても遠い人で、あなた以外の誰も、私を望んでいないことを」

 梅は。

 目を閉じた。

 景子が言わんとしていることが、痛いほどよく分かったのだ。

 たとえ、大丈夫だと言葉だけで言われたとしても、それで安心できるはずなどない。

 ふふふ。

 梅は、小さく笑ってしまった。
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