アリスズ

「イデアメリトスの君…景子さんの言わんとしていることが伝わらないのですか?」

 梅は、ただの木から、木の精霊になった。

 囁かずには、いられなかったのだ。

「景子さんは、こう言っているのですよ…『あなたと一緒に都に行くと、絶対に自分は傷だらけになる』、と」

「梅さん…」

 残酷なほどはっきりとした翻訳を、景子が弱弱しく止める。

「あなたの隣で、傷だらけになってゆく景子さんを…見たいのですか?」

 イデアメリトスの君は、まだ若いのだ。

 勿論、梅も若い。

 しかし、こういうことは周囲の人間の方が、よく分かるのである。

 自分が世継ぎ候補として都に帰った時、どういう扱いになるのか。

 当然、成人の儀に成功しているのだから、すぐに結婚相手も探されるだろう。

 いや、既に候補くらい、ゴロゴロいるかもしれない。

 そんな中、いきなり都の誰も知らない、異国の女を伴侶にすると連れ帰って、うまくいくと思っているのだろうか。

「そんな事はない…僕が、させない」

 きっぱりと言い切る彼に、梅は微笑みを向ける。

「では、リサードリエックさんは、お二人のことを祝福していますか?」

 彼こそが、臣下の代表と言っていいだろう。

 しかも、このイデアメリトスの彼の、味方寄りの思考を持つ人間だ。

「……」

 返答は、なかった。

「あなたの味方でもある彼が祝福しないのです…それでどうして、都に戻ってうまくいくと思ってらっしゃるのですか?」

 干菓子よりも甘い考えだ。

「本気で彼女を迎え入れたいと思われているのならば、まず都での御自分の足場固めと、周囲に認めさせる環境づくりを、最初にすべきだと思いますけど…」

 語りながら、梅は自省も始めていた。

 よくしゃべる梅の木だこと、と。

 イデアメリトスの彼は、ゆっくりとため息を吐く。

 部屋は、静まり返った。

 景子は、どうしたらいいか分からないかのように、ただ二人の顔を見ている。

 向かいに座る青年は、ゆっくりと立ち上がったのだ。

「その通りだね、ウメ。どうやら僕は、一人で浮かれていたようだ」

 愛ひとつ自由に語れない自分の立場を、ようやく彼は理解したようだった。
< 171 / 511 >

この作品をシェア

pagetop