アリスズ

 数日、一行はこの屋敷に滞在することとなった。

 梅は、とても喜んだ。

 景子や彼には、少し考える時間が必要だった。

 それに。

 彼女がいれば、梅もひとつ小さな冒険を試せる気がしたのだ。

 朝食の席で、彼女はその冒険を口に出した。

「イエンタラスー夫人…今日は、景子さんと町へ行ってみたいのですが」

 夫人が、余りいい顔をしないのは分かっている。

 だが、彼女も直に外に触れてみたいのだ。

 頭の知識だけれはなく、生きた世界を。

 目の前に町があるというのに、彼女はこれまで行きたいと言ったことはなかった。

 何故ならば、決して一人では出してくれないと分かっていたからだ。

 そうなると使用人を、梅の外出のためだけに割かなければならない。

 だが、景子がいれば違う。

 旅の知識を手に入れた彼女と一緒なら、どんなに楽しい町の散策になるだろうか。

 夫人は、しぶしぶ許可をくれたが、どうしても使用人をつけようとする。

「うちのダイエルファンを出しますよ」

 同席していたイデアメリトスの彼が、助け船を出してくれたおかげで、話はスムーズになった。

 彼もまた、買ってきて欲しいものがあるということで、シャンデルも同行させたいと言ってきたのだ。

 かくして、女三人の買い物に、ダイが用心棒として付き合わされることとなったのである。

 その上。

 夫人とイデアメリトスの彼から、ささやかな心付けもいただき、うら若い娘たちのの喜ぶものを買えるとあっては、テンションが上がらない方がおかしい。

 あのシャンデルでさえ、髪飾り屋の前に張り付いて、もう長いこと悩んでいる。

 歩き疲れた梅は一休みするために、ダイの座っている石段の隣へと腰を下ろした。

「あなたは…髪飾りを買ってあげる女性などは、いらっしゃらないのかしら?」

 この外出が、彼による家臣へのご褒美であることに、梅は気づいていた。

 だから、心づけの中には、ダイの分も入っていると解釈したのだ。

 一瞬だけ。

 ダイは、何かを思い浮かべたような目をした後。

「いや…」

 と、苦笑した。
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