アリスズ

日向花


 日が西に傾きかけた時間。

 菊は、その屋敷の前で頭をかいた。

 さて、どうやって入ったものか、と。

「キク、どうしました?」

 そんな彼女に、後方から不思議そうに声が飛んでくる。

 すっかり腰の落ち着いた、いい声になったアルテンだ。

 ひょろ長い骨格に筋力がついた身体は、黙っていればいるほど強さを感じるようになった。

 まだ、少し浮ついたところは残ってはいるが、昔よりはるかにじっくりと粘れるようになっている。

「いや…何と言って入ったらいいか、分からなくてね」

 菊は、苦笑した。

 ここは──イエンタラスー夫人とやらの屋敷。

 細かい道を覚えてはいなかったが、幸い、アルテンがこのあたりの地理は熟知していたため、迷うことはなかった。

「ああ、なるほど…では私が」

 閉ざされた門の金属のノッカーを、アルテンは迷いなく打ちつけた。

 カーンカーン。

 高く響き渡る金属音。

 駆け寄ってくる使用人。

「テイタッドレックの、子息が来たと伝えてくれ」

 使用人は、二度彼の顔を見た。

 余りに、面変わりしたせいだろう。

 途中で手に入れて着替えた衣服も、質素なものだ。

 ぱっと見て、貴族のぼっちゃんには、とても見えない。

 かろうじて、髪型だけは変わっていないが。

 どんな修行中であろうと、アルテンは髪を整えるのだけはやめなかったし、菊もやめさせようとはしなかったのだ。

 菊の髪も、肩下ほどに伸びていた。

 彼女の場合は、伸ばしっぱなしの分、美しくはなかったが。

 ああ、髪切りたい。

 それが、菊の正直な気持ちだった。

 しばらくの後、使用人は門へと戻ってくると、恭しくそれを開き始める。

 女主人に、話が通ったようだ。

 さて、と。

 我が相方は、生きてるかな。

 微妙にシャレにならないことを考えながら、アルテンに続いて菊は門の中へと踏み込んだのだった。
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