アリスズ
日向花
△
日が西に傾きかけた時間。
菊は、その屋敷の前で頭をかいた。
さて、どうやって入ったものか、と。
「キク、どうしました?」
そんな彼女に、後方から不思議そうに声が飛んでくる。
すっかり腰の落ち着いた、いい声になったアルテンだ。
ひょろ長い骨格に筋力がついた身体は、黙っていればいるほど強さを感じるようになった。
まだ、少し浮ついたところは残ってはいるが、昔よりはるかにじっくりと粘れるようになっている。
「いや…何と言って入ったらいいか、分からなくてね」
菊は、苦笑した。
ここは──イエンタラスー夫人とやらの屋敷。
細かい道を覚えてはいなかったが、幸い、アルテンがこのあたりの地理は熟知していたため、迷うことはなかった。
「ああ、なるほど…では私が」
閉ざされた門の金属のノッカーを、アルテンは迷いなく打ちつけた。
カーンカーン。
高く響き渡る金属音。
駆け寄ってくる使用人。
「テイタッドレックの、子息が来たと伝えてくれ」
使用人は、二度彼の顔を見た。
余りに、面変わりしたせいだろう。
途中で手に入れて着替えた衣服も、質素なものだ。
ぱっと見て、貴族のぼっちゃんには、とても見えない。
かろうじて、髪型だけは変わっていないが。
どんな修行中であろうと、アルテンは髪を整えるのだけはやめなかったし、菊もやめさせようとはしなかったのだ。
菊の髪も、肩下ほどに伸びていた。
彼女の場合は、伸ばしっぱなしの分、美しくはなかったが。
ああ、髪切りたい。
それが、菊の正直な気持ちだった。
しばらくの後、使用人は門へと戻ってくると、恭しくそれを開き始める。
女主人に、話が通ったようだ。
さて、と。
我が相方は、生きてるかな。
微妙にシャレにならないことを考えながら、アルテンに続いて菊は門の中へと踏み込んだのだった。
日が西に傾きかけた時間。
菊は、その屋敷の前で頭をかいた。
さて、どうやって入ったものか、と。
「キク、どうしました?」
そんな彼女に、後方から不思議そうに声が飛んでくる。
すっかり腰の落ち着いた、いい声になったアルテンだ。
ひょろ長い骨格に筋力がついた身体は、黙っていればいるほど強さを感じるようになった。
まだ、少し浮ついたところは残ってはいるが、昔よりはるかにじっくりと粘れるようになっている。
「いや…何と言って入ったらいいか、分からなくてね」
菊は、苦笑した。
ここは──イエンタラスー夫人とやらの屋敷。
細かい道を覚えてはいなかったが、幸い、アルテンがこのあたりの地理は熟知していたため、迷うことはなかった。
「ああ、なるほど…では私が」
閉ざされた門の金属のノッカーを、アルテンは迷いなく打ちつけた。
カーンカーン。
高く響き渡る金属音。
駆け寄ってくる使用人。
「テイタッドレックの、子息が来たと伝えてくれ」
使用人は、二度彼の顔を見た。
余りに、面変わりしたせいだろう。
途中で手に入れて着替えた衣服も、質素なものだ。
ぱっと見て、貴族のぼっちゃんには、とても見えない。
かろうじて、髪型だけは変わっていないが。
どんな修行中であろうと、アルテンは髪を整えるのだけはやめなかったし、菊もやめさせようとはしなかったのだ。
菊の髪も、肩下ほどに伸びていた。
彼女の場合は、伸ばしっぱなしの分、美しくはなかったが。
ああ、髪切りたい。
それが、菊の正直な気持ちだった。
しばらくの後、使用人は門へと戻ってくると、恭しくそれを開き始める。
女主人に、話が通ったようだ。
さて、と。
我が相方は、生きてるかな。
微妙にシャレにならないことを考えながら、アルテンに続いて菊は門の中へと踏み込んだのだった。