アリスズ

「お久しぶりです」

 梅は、挨拶を投げながら、その瞬間をじっくり味わうことにした。

 アルテン坊ちゃんとの再会である。

 イエンタラスー夫人が、亡き夫の衣服を出して来たらしく、彼はすっかり貴族然とした姿に戻っていた。

 しかし。

 顔つきも身体つきも、何もかも変わってしまったのだ。

「やぁ、ウメ…久しぶり」

 言葉をかみ締めるように、音を紡ぐ唇。

 着替えを済ませ、更に菊が側にいないおかげで、少しだけ彼は肩の力を抜いたように思えた。

 菊は、相当の鬼軍曹だったようだ。

「神殿まで詣でたんですね…どうでした、神殿は?」

「神殿詣でより、キクが何で出来ているのか…そっちの方が不思議だった」

 微かな苦笑。

 彼女との旅が、とことん骨身にしみたようだ。

 スパルタにしつけられた、犬と言ったところか。

 ただ。

 本当の犬と違うのは、いつまでも菊は側についているわけではなく、自分の判断でこれから生きていかなければならないということ。

「あの子は、磁器で出来ているわ」

 クスクスと、梅は笑った。

「磁器? 割れ物には見えないが…」

 アルテンが、ゆっくりと音を放つ。

 本当に、落ち着いた声になった。

 呼吸も、前からすると考えられないほど整っている。

 これならば、どこへ出しても恥ずかしくない、貴族の子息だ。

「割れ物よ。ただ、どうすれば割れないかを、知っているだけ」

 皿は、毎日使うもの。

 しかし、毎日割れるわけではない。

 逆に。

 最初から、割れ物と理解して使えば、なかなか割れるものでもないのだ。

 菊は、自分を知り、自分の使い方をきちんと知っているだけ。

「なるほど…キクと一緒にいたから、何となく分かる気がするよ」

 何しろ。

 一度、アルテンは言葉を切った。

「彼女は、私を一度も壊さなかったのだから…」

 まさに──それが、真理だった。
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