アリスズ

「僕が、農林府をやめさせられたら…ケーコのせいだからな」

 ぐったりと路傍に座り込むネイディに、思い切り恨み言を言われた。

 最初に、景子がアディマのことをきちんと彼に教えなかったせい、というワケだ。

「あ、いや…大丈夫だよ。アディマそんな事しないと思うし」

 アディマ一行は、都へと向かっていた。

 平坦な道が多いおかげで、まだ遠くに小さく彼らの影が見える。

 それを見送りながら、景子はネイディをなだめなければならなかった。

「大体、ケーコはイデアメリトスの御方と、どういう関係なんだよ…前々から気になってたけど」

 がばっと顔を上げたネイディの頬に、今日こそは問い詰めてやるという文字が浮かび上がっている気がするほど。

「どういう関係って…ええと…アディマの旅の途中で出会って、一緒に旅をしたの」

 思い出すまでもなく、景子はそれをすらすらと口に出せた。

 アディマが二十歳になるということは、既に出会って一年半くらいが経つということか。

 時が過ぎるのは、本当に早いものだ。

「それだけ?」

 疑いの目。

「うん、それだけ」

 こくこくと、景子は頷いた。

 あれ?

 何か、忘れてるような。

 頷いた後に、彼女は自分の答えに何かひっかかった。

「ああ、後、私に植物の知識があるから、この国のために役立てて欲しいって」

 そうそう、これを忘れちゃいけない。

 だから、景子を農林府に入れてくれたのだ。

 んーと。

 何かまだ、忘れてる気がするなあ。

「そうか、運がいいんだなケーコは」

 その言葉には、明らかなる厭味が含まれていた。

 あはは、気にしない、気にしない。

 さっきまでの恨み言が重なって、こんなことを言いだしているだけなのだ、ネイディは。

 だが。

『忘れている事』が、実は『忘れようとしていた事』であることを思い出してしまい、景子は一瞬固まった。

 立ち直ろうとしているネイディを見ながら。

 プ、プロポーズされたってことは、言わなくても、いいんだよね。

 現実味のないその記憶を持て余した景子は、また押入れの奥の奥に、それをしまいこんだのだった。
< 210 / 511 >

この作品をシェア

pagetop