アリスズ

 迂闊だった。

 誰もが、ありえないと思っていた。

 あのダイですら、完全に油断をしていたのである。

 だが、誰が彼を責められよう。

 兵士然とした態度に不自然なところはなかったし、警備の厳しい街道であったし、なにより──太陽の昇っている間のことだった。

 逆に言えば。

 今回のアディマの旅路を、最後の最後で死に物狂いで失敗に終わらせようと思っていた、執念深い人間がいたということである。

 太陽のある時間でも、もはや構わぬ、と。

 最初にダイを選んだのは、一番屈強な人間を、まず使い物にならなくしようと考えたのだろう。

 ダイさえつぶしてしまえれば、残りの人間など倒せるという自信があったに違いない。

 だから、彼が最初に狙われ、だまし討ちされたのだ。

 だが。

 ダイにも、執念があった。

 自分の身体に剣を突き刺したまま、男を決して離さなかったのだ。

 リサーが、その賊を捕えようとした時。

 男は、唇から血を流して死んだ。

 おそらく、毒を仕込んでいたのだろう。

「もういいぞ」

 リサーが、男が事切れたのを確認した後、ダイにそう言った。

 しかし、彼はまだ男の肩を掴んで釣り上げたままで。

 顔は痛みと怒りで深い皺をいくつも刻み、歯をぎりぎりと食いしばっている。

 激痛と感情の昂りで、周囲の声が耳に入っていないのだろう。

「もういい…ダイエルファン」

 アディマは、その頼もしくも大きな身体に近づき、腕を触れた。

 どさり。

 盛り上がるほどだった腕の筋肉が解かれ、屍は地に落ちる。

「シャンデルデルバータ…町に戻って、領主の助けを借りてきてくれるか?」

 リサーが、てきぱきと指示を出している。

 ダイは、まだ倒れない。

「もうし…わけ…ありません」

 腹に刃を刺したまま、荒い息も絶え絶えにダイは、己の失態を悔いるのだ。

 言うべき言葉は、たったひとつしか浮かばなかった。

「よくやった」

 ダイは、ようやく崩れるように膝を折った。
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