アリスズ

「はっはっは、農林府の役人よ! この娘は、しばらくイデアメリトスの日向花が預かると、上司に伝えておけ!」

 視界が、ぐりんと回って揺れる。

 景子は、アディマの叔母の肩に担ぎ上げられていたのだ。

 そして──そのまま連れ去られることとなる。

 大きく揺れる視界に、手を伸ばしかけて動けないでいるネイディがいた。

 だが。

 アディマは、追いかけなかった。

 扉から景子の連れ去られる姿を見てはいるが、叔母を止めようとはしなかったのだ。

 なーんーでー??

 後方にうねりながら飛ぶ、美しい黒髪の波にのまれながら、景子はアディマの行動について、きちんと考えられなかった。

 驚きと衝撃で頭の芯までバクバクしながら、景子は荷馬車に放り込まれたのである。

 あわわわわ。

 荷馬車の隅っこでへたりこんだまま、彼女は乗り込んでくるイデアメリトスの女性を見た。

「出せ!」

 彼女の大声と共に、がこん、と大きく馬車が揺れて動き出す。

「ロジューストラエヌル=イデアメリトス=ソレイクル16だ」

 目を白黒させている景子を、彼女はわずかに揺らぎもせず立ったまま見下ろした。

 幌を高く作ってあるのか、ロジューと名乗った女性の頭がぶつかることはない。

 だが、この揺れる足もとでも、びくともしないのだ。

 この国では、領主たちよりもイデアメリトスの人間の方が、頑丈でなければならないように思える。

「ケ、ケイコです」

 迫力に気おされながらも、名乗らなければならない状態になって、彼女は言いなれた自分の名前を出す。

 どうしても、フルネームで名乗るのが苦手だった。

 こちら風の正式名称になると、いまの彼女の脳みそでは、思い出せもしない。

「はぁん…ケーコ、ケーコ、ケーコ」

 口の中で転がすように、景子の名前を連呼する。

「了解した、ケーコ…今日からしばらくお前は、私の『馬』になれ」

 いま引いている馬の片方の名前は、『ケールリ』だ。

 付け足された言葉に、景子はがっくりと肩を落とす。

 馬の名前によく似ていて、同じように名前が短いから──彼女は、残念ながらまだ人類として認められていないようだった。
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