アリスズ

「治りが遅くなる…泣くな」

 目元を、乱暴に拭われた。

 そんなことを言われても、景子の涙が止まるわけではない。

 ダイが来てくれなかったら、彼女はロジューを殺していたかもしれないのだ。

 彼が来たからこそ、景子の違和感は最大になった。

 自分でも、明らかに自分の行動がおかしいことに気づいたのだ。

 そして、ロジューも気づいた。

 ダイを動かせる人など、アディマ以外にいるはずがない。

 どういう経緯か分からないが、彼が異変に気付いて、ロジューを救おうとしたのだろう。

 こんな魔法が使える相手が、敵にいる。

 彼女など、その魔法の前では何と無防備なのか。

 これでは、ロジューも殺せるし、アディマを殺す手先にだってなれるのだ。

「いいか? お前が操られたのは、たまたま私の従者だったからだ。他の者が従者であっても同じことが起きた」

 景子の額を枕に押し付けるように、ロジューの手が触れてきた。

 気に病むなと言ってくれているのだろうが、病まないことなど無理な話である。

 未然に防げたからよかったものの、そうでなければどんなに後悔しても足りない結果になっていたのだから。

「安心しろ…お前のその病んだ身体は、しっかり利用させてもらう」

 愚甥は、反対したがな。

 ロジューの手が、ぺしぺしと景子の額を叩いた。

「お前は、『犯人のことを覚えている』、唯一の目撃者だ」

 何を。

 何を、彼女は言っているのか。

 景子は、完全に眠っていて、その間に起きたことなど何一つ覚えていない。

「お前は犯人を覚えている。ただ、いまはしゃべることが出来ない…その噂が必要なのだ」

 意味は、よく分からない。

 ただ、その設定にしておく方が、ロジューにとって都合がいい──そんな響きに聞こえた。

「要するに…お前は、エサだ。何かしゃべられては困ると思った敵は、お前の声が戻るまで…この数日中に、確実に殺しにくるだろう」

 ああ。

 分かった。

 ロジューは、こう言っているのだ。

 景子を、囮に使う、と。
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