アリスズ
月と太陽
△
菊は──笛を吹き鳴らしていた。
夜空にかかる曇天の三日月。
峠の岩に腰かけ、彼女は一人旅の空の下で、ただ笛の音を響かせる。
何も、考えてはいなかった。
無から生まれる笛の音は、寂びの音になる。
その音に誘われたのか、人の気配を感じた。
だが、気配に悪意は何もない。
彼女は、意識を動かすことなく、無のまま笛を吹き続けた。
人が、立っていた。
この暗い月夜でも、その髪が白く映える。
そう長くはないが、獅子のように、風をはらんで広がる髪。
虚無に近い瞳が、光りながらこちらを見ている。
鬼か。
その思いは、声にも心にもならなかった。
ただ、本能に感じる響きを、菊はただ受け入れる。
人の生む光は、何もなく。
自然は、あるがまま側に溢れる。
鬼が現れたとしても、おかしくはない。
最後のひとつの旋律を鳴かせ──菊は、笛から唇を離した。
男は、まだそこに立っていた。
近づく様子も、離れる様子もなく、そこから菊を見ている。
「何処へ行く」
鬼が、彼女に問いかける。
「さあ…都へでも行こうか」
急ぐ旅ではなかった。
ただ、一か所にとどまる気になれず、景子と再会の約束をしていたので、顔くらい見せておくか──その程度の旅。
「太陽の都か…」
物憂げな、声。
この鬼は、どうやら太陽を愛してはいないようだ。
夜の魔物ならば、それも当然か。
鬼は、夜空を見上げた。
雲間から、闇の色をした月が現れるのを、じっと見ている。
「月は…嫌いか?」
鬼は問う。
震える響きを、まとっている音。
「太陽も月も…どちらもあるがまま、だ」
どうでもいい質問に、菊は肩をそびやかすと。
鬼は──笑った。
菊は──笛を吹き鳴らしていた。
夜空にかかる曇天の三日月。
峠の岩に腰かけ、彼女は一人旅の空の下で、ただ笛の音を響かせる。
何も、考えてはいなかった。
無から生まれる笛の音は、寂びの音になる。
その音に誘われたのか、人の気配を感じた。
だが、気配に悪意は何もない。
彼女は、意識を動かすことなく、無のまま笛を吹き続けた。
人が、立っていた。
この暗い月夜でも、その髪が白く映える。
そう長くはないが、獅子のように、風をはらんで広がる髪。
虚無に近い瞳が、光りながらこちらを見ている。
鬼か。
その思いは、声にも心にもならなかった。
ただ、本能に感じる響きを、菊はただ受け入れる。
人の生む光は、何もなく。
自然は、あるがまま側に溢れる。
鬼が現れたとしても、おかしくはない。
最後のひとつの旋律を鳴かせ──菊は、笛から唇を離した。
男は、まだそこに立っていた。
近づく様子も、離れる様子もなく、そこから菊を見ている。
「何処へ行く」
鬼が、彼女に問いかける。
「さあ…都へでも行こうか」
急ぐ旅ではなかった。
ただ、一か所にとどまる気になれず、景子と再会の約束をしていたので、顔くらい見せておくか──その程度の旅。
「太陽の都か…」
物憂げな、声。
この鬼は、どうやら太陽を愛してはいないようだ。
夜の魔物ならば、それも当然か。
鬼は、夜空を見上げた。
雲間から、闇の色をした月が現れるのを、じっと見ている。
「月は…嫌いか?」
鬼は問う。
震える響きを、まとっている音。
「太陽も月も…どちらもあるがまま、だ」
どうでもいい質問に、菊は肩をそびやかすと。
鬼は──笑った。