アリスズ

「聞かないのか?」

 弟を置き去りに歩く夜。

 随分、長い時間の後に、トーが一言だけ言った。

 どうしたもんかな。

 菊は、ぽりとこめかみをかく。

 そして。

 鳴かせてみたいホトトギスに、彼女は──聞く以外のことをしてみることにした。

「私は、おそらくよその世界から来た」

 自分の話を、することにしたのだ。

 よその国とは、言わなかった。

 よその世界と。

「ある夜、地が揺れて、世界は真っ暗になった…気が付いたら、夜空にあの月があった」

 人から何かを引き出したいと思うならば、菊もまた、何かをださなければならない。

「三人の女で来た。いまは散り散りだが、みな、それぞれここで生きようとしている」

 一人は、太陽の側で。

 もう一人も、いつかそこへ行くのだろう。

「私には…まだ、何もすることはない。だから、何をするか…探して旅をしているのだろう」

 自分のことは、一番不確かだ。

 それに困ることが、ないだけ。

 ふと。

 男の目が、菊に向けられた。

 彼女の中心に、一本の軸を入れたように、すぅっと縦に一度視線を動かす。

「そうか…薄々そうではないかと思ってはいたが」

 微かに、トーは笑う。

 虚無の向こうに、微かな人間味が混じった。

「お前は…女なのだな」

 菊は。

 月の下で。

「あっはっはっはっは!」

 爆笑してしまった。

 そこかよっ!!!

 トーにとって、異世界から来たというのは──女である事実以下のようだった。
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