アリスズ

 さあ。

 菊は、笛に唇をあてた。

 お前の歌だ。

 一条、二条、三条、四条──

 条は、筋であり節であり。

 同じ筋道を通り、同じ道理を通る。

 ここにお前が在ることも、ここに私が在ることも、全て同じ道をたどった故。

 それと同じくして。

 日が空に在ることも、月が空に在ることも、全てが同じ道をたどった故なのだ。

 その道理を、知らしめせ。

 日の下でも美しく、月の下でも美しく咲く花よ。

 その身を伸ばし、その手を伸ばし、歌を詠み解き花をほころばせよ。

 菊の笛の音に。

 大きな気配が動く。

 桜の木は、見上げるほど健やかにその身を伸ばすのだ。

 枯れた葉が、全て散り落ち。

 憐れなほど寂しげな、ただの木となり果てる。

 それでいい。

 菊は、音を震えさせた。

 それでいいのだ。

 誰もが振り返りもしない、その悲しいまでの姿。

 あと一条、もう一条。

 足りない音を笛に込め、菊はそれを目覚めさせようとした。

 そんな菊の両の肩を。

 後方から、大きな手が緩やかに挟み込む。

 そこで、ようやく彼女は気づいた。

 笛と木に捕らわれる余り、彼女は彼岸を渡ろうとしていたのだ。

 その手は、菊を此岸へと引きとめてくれる。

「───」

 その手から、振動が伝わってくる。

 身をも震わせる音が、後方から響いてきた。

 歌だ。

 低く澄み、笛の音に絡み付く月の歌。

 この世界の月の神は。

 きっと。

 男なのだ。
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