アリスズ

 夕方。

 ジャングルから屋敷に、景子がよろよろと戻ると。

「あー…外にいたのか」

 嫌そうな顔をしたロジューが、彼女を見つけて声をかけてきた。

「お前の部屋に…客人だ…いや、客人というか…」

 珍しく、歯切れの悪い口調だ。

 その瞳は、忌々しそうに何かを睨んでいる。

「まったく…」

 ぶつぶつと何かを言いながら、ロジューは消えていった。

 客?

 景子は、その相手が気になってはいたが、のろのろと部屋に戻った。

 自分の部屋なのに、ノッカーを鳴らさなければいけない気になり、コツコツと小さく叩いた。

「あのぉ…」

 そぉっと扉を開けると。

 ソファには、見覚えのある女性が座っていた。

「シャンデル!」

 長い旅を、一緒にした女性だ。

「お久しぶりね…」

 彼女は、変わらない整った声で答える。

「都について、ブエルタリアメリー様の屋敷に、私もしばらくお世話になっていたんだけれど…あなたはずっと不在だったわね」

 そして、視線を部屋の中をぐるりと一回りさせるのだ。

 こんなところにいたなんて──そう言いたいのだろう。

「シャンデルは、この町に用事でもあったの?」

 景子にしてみれば、彼女がここにいる方が不思議だ。

 一緒に旅をしていたが、シャンデルの性質的には、ひとところに落ち着いている方が合っている気がした。

「イデアメリトスの君のお計らいで、こちらで働くことになったの」

 その表情は、とても誇らしげだ。

 現君主の、妹の屋敷で働けるのである。

 彼女からしたら、大出世なのだろうか。

 だが。

 景子は、さっきのロジューの表情のことを思い出していた。

 あの苦い顔は、アディマに向けたものだったのに違いない、と。

 そして、そのアディマは。

 おそらく、景子のことを気遣って、シャンデルを送り出してきたに違いないのだ。

 ああ、またアディマは──叔母に『甘やかすな』と言われるんだろうなぁ。
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