アリスズ

「まったく…面倒くさい」

 ロジューが、勝手に部屋にやってきた。

 毎度おなじみではあるが、入るなりぶつぶつと不満を漏らしている。

 景子は、いざアディマからの手紙を開けようと、気合を入れていたところで。

 見事に、出鼻をくじかれる結果となっていた。

「騙す人間が増えたぞ」

 やれやれと、ロジューが景子のベッドを占領して転がる。

 シャンデルのことだろう。

「まったく、愚甥は考えが足りんな。この屋敷にいる間は、お前は農林府の人間で客人扱いだから、使用人にいちいち事情を説明しなくても構わんが…あの者には、そうはいくまい」

 シャンデルは、景子の妊娠について、いつかは気づくだろう。

 気づいたら、聞き出そうとしてくるのは間違いない。

 ロジューの紹介で、彼女の従者と結婚して子供が出来た。

 そう、答えなければならないワケだ。

 そこで言い淀んだら、シャンデルが勘ぐりかねない。

 彼女は、アディマが景子を抱きしめたことを知っているのだから。

 旅路で起きたことだった。

 いらぬ詮索をされないためには、きちんと嘘をつかなければならないのだ。

 確かに。

 景子には、少し荷の重い嘘に感じた。

 相手が、一緒に旅をした相手であるからこそ、余計に。

 一体、嘘はどこまでつけばいいのだろうか。

 周囲の人々、職場。

 その人数は、きっとだんだん増えてゆくのだ。

「まあ、温室の件が落ち着いたら、一度都へ帰ってもいいぞ」

 考え込んだ彼女に、ロジューはそう言ってくれた。

 一度。

 表現が微妙だ。

 また、ここに戻って来いと言うことだろうか。

「温室の効果が分かったら、改めて大きいものを作るからな」

 ああ。

 ロジューは、巨大温室計画のことを、しっかりと覚えていたのだった。
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