アリスズ

 温室を満室にして、景子はようやく温室計画をひと段落させた。

 立派な、プチジャングルの出来上がりだ。

 背の高さだけ気をつけて選んだ植物の林に、ロジューは満足げだった。

 そこで、彼女は一度都へ戻ることにしたのだ。

 だが、スレイが、景子の都入りに付き合うことになっていて。

 一泊二日の行程を、一緒にいなければならないのは、なかなかの苦行に思えた。

 案の定。

 静かな旅路だった。

 彼は、しっかりとフードをかぶっているので、どんな顔をしているのかさえ分からない。

 しかし、彼の歩く速度は景子に合わせられているし、まめに休憩が挟まれる。

 おそらく、ロジューから強く言い含められているのだろう。

 夜。

 焚火の側で、ついついスレイを見てしまう。

 彼は、ロジューのおなかの子の父親になるのだ。

 どちらも順調に育てば、ほぼ同時期に生まれることになる。

「あのぉ…父親になるって、どんな気持ちですか?」

 アディマは、どう感じているのだろうか。

 景子にとって、それは気になるところでもあった。

 何となく、いまここにいるスレイが、ちょうどいいサンプルに思えたのだ。

 ちらりと。

 フードの顔が動いた。

 暗がりの中から、一瞬白目の部分が閃く。

「母親になる気持ちとは…どんなものだ?」

 だが、質問には質問が返って来た。

 言われてみれば、まだ景子にも自覚がない。

 自分のおなかを見下ろしながら、彼女はうーんと一度うなった。

「そうですねー…うっかり者なので、無事産めるところまでいけるか心配です」

 切実な感想だった。

 既に一度、すっ転ぶという前科があるのだ。

 農林府やリサーの叔父の家や、こういう短い旅路で、何があるか分からない。

「そう思うなら、おとなしくしていたらどうだ」

 スレイは──やはり、痛烈だった。

 それに、軽くひきつりかけた時。

 ふと、景子は思った。

「彼女も…おとなしくしていないんじゃ…」

 言うと。

「するわけがない…」

 地の底まで落ちて行きそうなため息を、スレイは落としたのだった。
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